地方の公立高校からMさんが旧帝大に合格した話——環境のせいにしなかった理由

地方の公立高校からMさんが旧帝大に合格した話——環境のせいにしなかった理由 五十嵐校長コラム

「先生、うちの高校から旧帝大なんて、無理ですよね」

Mさんが初めてスカイ予備校の扉を開けたのは、高校2年生の秋だった。制服の袖が少しほつれていて、持ってきたノートは几帳面な字でびっしり埋まっていた。表情は暗かったが、目だけは違った。諦めていない目だ、と私はすぐに思った。

彼女の高校は、県内でも進学実績がさほど目立たない公立校だった。旧帝大への合格者は、過去10年で片手で数えるほど。周囲の同級生は「地元の国公立に入れれば御の字」という空気が漂っていて、担任の先生にも「現実的な目標を設定しなさい」と言われたと話してくれた。

私はその話を聞きながら、内心ひとつの怒りと、ひとつの確信を同時に抱いた。

「環境のせい」にした瞬間、成長は止まる

27年間で見てきた現場だからこそ断言できます。受験で伸びない生徒に共通するのは、能力の低さではありません。「自分の環境を言い訳にし始めた瞬間」に止まってしまうだけです。

地方の公立高校だから不利、塾が少ないから不利、東京の子と比べたら情報量が違うから不利——これらは確かに事実として存在する格差です。私も否定しない。でも、その格差を「超えられない壁」と見るか、「乗り越えるべき課題」と見るかで、まったく別の未来が生まれる。

Mさんは最初、前者の目線を持っていた。だから「無理ですよね」という言葉が出た。でも、私が「なぜ旧帝大なの?」と聞いたとき、彼女の答えは意外なほど具体的だった。

「お父さんが農業をしていて、気候変動のせいで毎年収穫量が変わるんです。農業政策を変えたくて、そのための学部に行きたいんです」

私はそのとき、この子は受かると思った。理由ではなく、覚悟を持っているからだ。

転機は「比べる相手」を変えたこと

Mさんが最初に抱えていた問題は、学力よりも「認知の歪み」だった。彼女は自分を、首都圏の進学校の生徒と比べていた。模試の偏差値を見ては「やっぱり差がある」と落ち込み、学校の授業が受験レベルに達していないことを嘆いていた。

私が最初に変えたのは、そこだ。

「Mさん、あなたが今日すべきことは、東京の高校生に追いつくことじゃない。昨日の自分より、ひとつ問題が解けるようになることだ」

これは精神論ではない。戦略の話だ。首都圏の受験生と自分を比べると、差は大きすぎてモチベーションが崩壊する。でも「昨日の自分」と比べれば、毎日必ず成長を確認できる。小さな成功体験が積み重なると、脳は「自分はできる」という回路を形成し始める。その回路が、長期戦の受験勉強を支える燃料になる。

Mさんは最初、この話を半信半疑で聞いていた。でも3週間後、彼女はノートを持って来てこう言った。

「先生、数学の確率、昨日より1問多く解けました」

その顔が、最初に来たときとまるで違った。私はそのとき、この子の歯車が回り始めたと確信した。

地方公立校の「弱点」を逆手に取った勉強法

Mさんの高校では、授業のレベルが受験には十分でなかった。これは彼女だけの問題ではなく、地方の公立高校が抱える構造的な課題だ。教師も悪くない。カリキュラムと生徒の習熟度に合わせた結果、難関大向けの演習が手薄になるのは仕方がない部分もある。

ただ、私はここに「逆転の余地」を見た。

進学校の生徒は、授業が速すぎて基礎が抜け落ちていることがある。難しい問題ばかりやらされて、基本の定着が甘いまま模試に臨む生徒を、私はこれまで何人も見てきた。一方、Mさんのような環境では、授業がゆっくりな分、基礎を丁寧に積み上げる時間がある。問題は、その時間をどう使うかだ。

私たちはまず、英語と数学の基礎を徹底的に固めることにした。Mさんには週に一度、スカイ予備校でその週の「穴」を特定してもらい、自宅でそこを集中的に埋める作業を繰り返してもらった。派手さはない。地味で、しんどい作業だ。でも、基礎が固まった生徒の伸びは、後半に必ず爆発する。これは27年間の指導で、私が何度も目撃してきた事実だ。

高校3年の夏、Mさんの模試の偏差値は英語で8ポイント、数学で6ポイント上がった。

もうひとりの生徒——Kさんの話

ここで、もうひとりの話をさせてほしい。

Mさんより2年前に、似たような境遇でスカイ予備校に来たKさんという男子生徒がいた。彼も地方の公立高校出身で、第一志望は旧帝大の工学部だった。ただ、Kさんはある時期から「どうせ地方からじゃ無理だ」という言葉を繰り返すようになった。

私は何度も話し合った。でも彼の中で、環境への不満が学習への集中力を少しずつ蝕んでいった。結果的に、Kさんは第一志望に届かなかった。今も元気にやっていると聞いているし、別の大学で充実した生活を送っていると思う。でも私は、あの時期の彼の「諦め」が悔しくて仕方なかった。

MさんとKさんの違いは、才能ではなかった。むしろKさんの方が、最初のポテンシャルは高かったと私は感じていた。違いは「環境を言い訳にしたかどうか」、ただそれだけだった。

この経験が、私がMさんに最初に「認知の歪み」を直すことから始めた理由だ。学力の前に、まず「自分には可能性がある」という前提を持てるかどうか——そこがすべての出発点になる。

合格の瞬間、Mさんが言った一言

翌年の2月、Mさんから電話がかかってきた。声が震えていた。

「先生、受かりました」

私は受話器を持ったまま、しばらく何も言えなかった。27年間この仕事をしていても、この瞬間だけは毎回、胸の奥が熱くなる。慣れることがない。慣れてはいけないとも思っている。

後日、Mさんが挨拶に来てくれたとき、彼女はこう言った。

「環境のせいにしなくてよかった。もしあのまま『無理だ』って思い続けていたら、頑張る理由を全部捨てていたと思います」

私はこの言葉を、今でも大切にしている。

地方の公立高校から旧帝大を目指す君へ

あなたの高校の進学実績が乏しくても、それはあなたの限界ではない。周囲に同じ目標を持つ仲間がいなくても、それはあなたが間違っているわけではない。情報が少なくても、正しい方向に進む方法は必ずある。

地方の公立高校から旧帝大に合格した生徒に共通しているのは、ひとつのことだ。「自分の外側にある理由」ではなく、「自分の内側にある理由」で動いていた。Mさんが父親の農業を変えたいと思ったように、その動機が本物であれば、環境の差は必ず乗り越えられる。

これは理想論ではない。私が27年間、1万人を超える受験生と向き合ってきた現場から導き出した、確かな結論だ。

もし今、あなたが「自分の環境では無理だ」と感じているなら、一度スカイ予備校に話しに来てほしい。あなたの状況を聞いて、何から始めるべきかを一緒に考えます。Mさんも最初は、そうやって扉を開けた。

【五十嵐より追記】
(この記事を読んで思い出したこと、追加で伝えたいことをここに記入してください)
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