はじめに――その数字が、私の背筋を凍らせた
2026年1月。私は一つのニュース記事を読み、しばらく言葉を失いました。
OpenAIの最新AIモデル「GPT-5.2 Thinking」が、2026年度大学入学共通テストで得点率97%を記録。9科目で満点。
さらに、GoogleのGemini 3 ProやAnthropicのClaude 4.5 Opusもそれぞれ91%を獲得。東京大学理科三類(医学部)の足切りラインを、複数のAIが余裕で突破したのです。(東洋経済オンライン・2026年1月)
この数字がどれほど衝撃的かを伝えるために、少し時系列を振り返りましょう。2024年の共通テストでのAI得点率は66%でした。そこから2025年に91%、そして2026年に97%。わずか2年で、人間の東大合格者の平均点をAIが軽々と超えてしまった。
この事実を前に、こんな問いが頭を離れません。「では、受験生は何のために勉強するのか」「大学で学ぶことに、これからどんな意味があるのか」——。
私はこの問いに、逃げずに向き合わなければならないと思いました。なぜなら、今まさに受験という戦場に立っている受験生と、その合格を全力で願う保護者の皆さんにとって、これは単なる「AIの話」ではなく、自分たちの未来に直結する切実な問題だからです。
AIが「満点」を取った科目と、それでも苦手だった領域
まず、事実をきちんと整理しましょう。
2026年共通テストでAIが満点を記録した科目は次の9科目です——英語リーディング、国語(現代文)、数学ⅠA、数学ⅡBC、地理総合・地理探究、歴史総合(世界史・日本史)、物理、化学。
見ていただければわかるように、理系科目(数学・物理・化学)はもちろん、文系科目(歴史・地理・現代文)でもAIは完璧な得点を叩き出しています。「数学はAIが得意で、文系科目は人間の方が強い」というかつての常識は、完全に崩れました。
しかし、AIにも弱点がありました。研究者たちが注目したのは、図形の濃淡を読み取る問題や、文脈の「空気感」を掴む読解でした。たとえば地図上の微妙な色の違いを判別する地理の一部問題や、登場人物の心情の機微を読む国語の古文など——データとロジックだけでは解けない、人間の感覚・体験・共感を必要とする問題に、AIは完璧には対応できなかったのです。
この「AIの弱点」のリストを見たとき、私の中で何かがはっきりと見えました。AIが苦手なものこそ、これからの時代に人間が伸ばすべき能力の地図である、と。
「丸暗記」が意味を失っていく、本当の理由
さて、ここで一つの不都合な真実を語らなければなりません。
今の日本の受験勉強の多くは、残念ながら「丸暗記型」の要素を色濃く含んでいます。英単語を何千語も覚える。歴史の年号を叩き込む。化学式を丸ごと暗記する。これらは確かに、共通テストで点数を取るための手段として機能してきました。
しかし考えてみてください。英単語を瞬時に意味変換し、歴史の流れを膨大なデータから瞬時に引き出し、化学式を完璧に再現する——これらはすべて、AIが人間よりはるかに得意とすることです。
「では丸暗記は不要なのか」という問いに、私は慎重に答えます。基礎的な知識の土台は依然として必要です。 数学の公式を全く知らずして、複雑な問題を考える足がかりにはなれません。英単語の最低限の知識なしに、英文の文脈を読み解くことはできません。知識は「考えるための素材」として不可欠なのです。
問題は、知識を「ゴール」として暗記することにあります。 「覚えた。終わり」ではなく、「覚えた。さてこれを使ってどう考えるか」——この一歩先に進む訓練こそが、AI時代の受験勉強に求められています。情報を「ストックする」ことよりも、情報を「つなげて、問い直して、新しい意味を生み出す」能力こそが、人間の本領なのです。
「AIに代替されない能力」の本質——3つの人間固有の力
では具体的に、AI時代に人間が磨くべき能力とは何でしょうか。研究者や教育者たちの見解が近年、急速に一致しつつあります。それは以下の3つです。
① 真の創造性——「ゼロから問いを立てる力」
AIは与えられた問いに対して、驚くほど精度の高い答えを出せます。しかし「そもそもどんな問いを立てるべきか」を決めるのは、依然として人間の仕事です。
創造性とは、単に「ユニークなアイデアを出すこと」ではありません。現状に疑問を持ち、誰も気づいていない問いを発見し、新しい枠組みを提示すること——これがAIには真似できない人間固有の力です。
受験勉強の中でも、この力を育てることは可能です。問題を「解く」だけでなく、「なぜこの問いが重要なのか」「この現象の背後には何があるのか」と問い直す習慣が、創造性の種を育てます。
② 共感力——「人の感情の機微を理解し、寄り添う力」
AIが共通テストで苦手だった「登場人物の心情理解」は、実は象徴的です。人間の感情は複雑で、文化的・歴史的文脈に深く根ざしており、言語化されていない部分を大量に含んでいます。
医療、教育、福祉、カウンセリング、リーダーシップ——こうした人間が中心となる分野では、相手の立場に立って感じる力、場の空気を読む力、言葉の裏にある感情を掴む力が決定的に重要です。これはデータ処理では再現できない、生きた経験と他者への関心から生まれる能力です。
③ 倫理的判断力——「責任を持って決断する力」
AIはあらゆる選択肢を提示できます。しかし「どれを選ぶべきか」の最終判断は、人間が負わなければなりません。医療における治療方針の選択、ビジネスにおける社会的責任、政治における政策判断——これらはすべて、価値観と倫理観に基づいた人間の意思決定です。
倫理的判断力を磨くためには、様々な価値観や立場を学び、自分の中に「判断の軸」を育てることが必要です。これもまた、受験勉強の深い部分——特に小論文や論述問題——が本来担うべき訓練なのです。
大学の学問が「AIとの協働」を前提に変わりつつある
もう一つ、保護者の方々に知っていただきたい重要な現実があります。
大学教育が急速に変わり始めています。
かつての大学は、「知識を教わる場所」でした。教授が知識を持ち、学生はそれを受け取る——という一方向の構造です。しかし今や、その構造が根底から揺さぶられています。教授でさえ知らない最新情報をAIは持っており、学術論文の要約も、データ分析も、プログラムのコーディングも、AIがアシストできる時代です。
すでに2025年から、多くの先進的な大学が「AIリテラシー」を全学生の必修科目として導入し始めました。「AIを使って良いか悪いか」という議論はすでに過去のものとなり、「AIをどう使いこなし、AIに任せず自分が考えるべきことは何か」を判断できる人材の育成へと、大学の使命そのものが変わっているのです。
つまり、これから大学で活躍できる人材とは、AIを道具として自在に操りながら、AIには出せない「人間的価値」を創出できる人間です。その能力の基盤を作るのが、高校時代の学びなのです。
「何のために勉強するのか」——私の変わらない答え
ここまで読んでいただいて、こう感じた受験生もいるかもしれません。「AIがこんなに賢くなったなら、もう受験勉強に意味はないんじゃないか」と。
私は断言します。その考えは、180度逆です。
AIの台頭は、受験勉強の意味を消したのではなく、むしろ受験勉強の本来の意味を、ようやく浮かび上がらせたのです。
私がスカイ予備校で指導する根本には、一つの哲学があります。「受験勉強は単に大学に入るための手段ではなく、人生を切り拓く力を養う絶好の機会である」——この言葉を、私は20年以上言い続けてきました。
丸暗記が通用しなくなったAI時代だからこそ、「なぜこの式が成り立つのか」を理解しながら数学を学ぶことの意味が輝きます。感情の機微を読み取りながら文学作品を読む国語の授業が、共感力の土台を作ります。歴史の流れを「原因と結果」で考える習慣が、社会を構造的に見る眼を育てます。
知識を積み上げることではなく、考える型を身体に刻むこと。 これが、AI時代における受験勉強の真の意義です。
そしてこれは、大学受験の戦略全体にも言えることです。大学受験は戦略が重要――設計図なき受験勉強は、設計図のない家づくりと同じであるでも論じているように、ゴールから逆算した戦略設計こそが合格への最短距離です。その戦略的思考のプロセス自体が、AI時代を生き抜く「人間の武器」を鍛えているのだと、私は強く信じています。
保護者の方へ——「何のために勉強するのか」を一緒に考えてください
最後に、保護者の方々へ。
「AIがこんなに賢くなったなら、うちの子はどんな仕事をすればいいのか」——この不安は、今の時代において全く当然のものです。私も、答えを持ち合わせているふりはしません。
しかし一つだけ、確信を持って言えることがあります。
「自分で考え、自分で判断し、他者と深く関わる力を持つ人間」は、AIがどれだけ進化しても必要とされます。
その力の土台は、高校時代の学びの中にあります。受験勉強を「大学に入るための作業」として消化するのか、それとも「考える力・感じる力・判断する力を鍛える機会」として活かすのか——その違いが、10年後・20年後の大きな分岐点になるのです。
受験生の皆さんに伝えたいことが、一つあります。AIに負けることを恐れる必要はありません。AIにできないことを、あなたは持っています。それを磨くために、今日も机に向かってください。設計図を持った勉強は、必ずあなたの未来を変えます。
スカイ予備校 校長 五十嵐
「AIが問いに答える時代だからこそ、人間は問いを立てる力を磨け」



