E判定から国立大学医学部に逆転合格——模試の数字より大切なものを、私は27年間見てきた

E判定から国立大学医学部に逆転合格——模試の数字より大切なものを、私は27年間見てきた 五十嵐校長コラム

「先生、もう無理です。諦めます」

彼女がそう言ったのは、11月の模試の結果が返ってきた翌日のことだった。

Aさん(当時18歳・女子)は、地方の国立大学医学部を志望していた。しかし秋の模試では総合判定E。偏差値は医学部ボーダーより10以上も下。保護者からは「浪人は1年だけ」と釘を刺されていた。彼女の目には、もう光がなかった。

私はその日、彼女の答案を一枚一枚ひっくり返しながら、ある確信を持った。この子は、落ちる子の顔をしていない。


模試のE判定は「未来の宣告」ではない

27年間で見てきた現場だからこそ断言できます。模試の判定は「現時点の学力の記録」であって、「合否の予言」では断じてありません。

多くの受験生——そして保護者の方々——が、E判定という数字を見た瞬間に「もう合格できない」と思い込む。それは無理もないことです。でも私が長年見てきたのは、その思い込みそのものが、実力以上に受験生を追い詰めているという現実です。

Aさんのケースに戻りましょう。彼女の模試の点数が低かった理由を、私は答案の中に探しました。すると、見えてきたのは「知識がない」のではなく「時間配分が壊滅的」という事実でした。解ける問題を後回しにして、解けない問題に時間を溶かしていた。試験戦略の問題であって、実力の問題ではなかった。

私はAさんにこう言いました。「あなたが落ちているのは、頭が悪いからじゃない。試験の戦い方を知らないだけです」

彼女は少し顔を上げました。その表情を、私は今でも覚えています。


逆境——11月のE判定から始まった「本当の受験」

Aさんとの面談で、私はまず一つのことを確認しました。「どの科目で、どの問題で、点数を落としているか」を徹底的に洗い出すことです。

結果は明白でした。数学と化学に「取れるはずなのに取れていない」問題が集中していた。基礎概念は理解しているのに、本番形式で時間が来ると手が止まる。これはいわゆる「演習不足」ではなく、「本番を想定した練習をしていない」という構造的な問題でした。

私はカリキュラムをその日から組み直しました。模試対策ではなく、入試本番の時間・形式・問題構成に完全に合わせた練習を毎日繰り返す。解けない問題を「なぜ解けないか」まで言語化させる。そして週に一度、私が直接面談して「戦略の修正」を行う。

Aさんのお母さんが一度、こんなことを言いに来たことがあります。「先生、娘は本当に受かるんでしょうか。E判定ですよ。私たちも覚悟を決めた方がいいですか」

私は正直に答えました。「保証はできません。でも、今の娘さんには伸びしろがある。そしてその伸びしろを引き出す方法が、私にはあります」

お母さんは少し泣いていました。私はそのとき、この親子を絶対に見捨てないと心に決めました。


転機——12月、彼女の「解き方」が変わった日

転機は12月の中旬に訪れました。

その日、Aさんは過去問演習で数学の時間配分をほぼ完璧にコントロールできた。解けない問題を見切り、解ける問題を確実に積み上げる。たった2ヶ月前には考えられなかった姿でした。

私が「今日どうだった?」と聞くと、彼女はこう答えました。「なんか、怖くなくなってきました。問題が怖かったんじゃなくて、時間が怖かっただけって、やっとわかりました」

この一言を聞いたとき、私は確信しました。この子は変わった。

受験において「怖さの正体を掴む」ことは、非常に大きな転換点です。漠然とした不安が、具体的な課題に変わった瞬間——そこから人は急速に伸びる。27年間、何百人もの受験生を見てきて、私はこの瞬間を何度も目撃してきました。


合格——そして模試が教えてくれなかったこと

Aさんは翌年2月、第一志望の国立大学医学部に合格しました。

合格発表の日、彼女から電話がかかってきました。声が震えていて、最初は何を言っているのかわからなかった。でもすぐにわかりました。泣きながら「受かりました」と言っていた。

私も、正直に言うと、目が熱くなりました。27年やっていても、合格の知らせは何度聞いても慣れません。それどころか、毎年新鮮に嬉しい。これは私がこの仕事を続けている理由の一つでもあります。

後日、Aさんが教室に来たとき、私はこう聞きました。「11月にE判定が出たとき、諦めなかった理由は何だった?」

彼女はしばらく考えてから、こう言いました。「先生が、答案を見てくれたからです。数字じゃなくて、私の答案を見てくれた」

これが、すべてを語っています。


本質——「E判定の生徒」と「E判定という状況にいる生徒」は、まったく違う

ここに、私が27年間で辿り着いた一つの本質があります。

E判定は、その生徒の「可能性の限界」ではありません。その生徒が「今どういう状況にいるか」を示しているだけです。

多くの指導者——そして受験生自身——が、判定という数字を「その人そのもの」として読んでしまう。でもそれは違う。模試は特定の日の、特定の問題に対する、特定の状態での記録です。そこには試験への慣れ、当日のコンディション、時間配分の戦略、問題との相性、無数の変数が含まれている。

私が受験指導で最初にやることは、答案を読むことです。判定を読むのではなく、答案を読む。そこに「なぜ点数が取れていないか」の答えが必ずある。そしてその答えが見えれば、打ち手が見える。打ち手が見えれば、人は動ける。人が動けば、点数は変わる。

単純なようで、これを愚直にやり続けることが、逆転合格の本質です。


もう一人の話——Bくんの「最後の3ヶ月」

Aさんの話だけで終わりにしたくないので、もう一人だけ紹介させてください。

Bくんは男子で、やはり国立医学部志望。彼の場合はAさんとは少し違い、知識量は十分あった。しかし「書き方」に致命的な問題があった。記述式の問題で、正しいことを書いているのに点数が取れない。採点者に伝わる答案の書き方を、まったく訓練していなかったのです。

彼は11月の段階でD判定。E判定ではなかったけれど、記述の配点が高い大学を志望していたため、実質的にはEに近い状況でした。

私はBくんに対して、「答案の言語化トレーニング」を徹底しました。解いた後に口頭で説明させ、それを文章に落とし、採点基準と照合する。これを毎日繰り返す。最初は「なんでこんなことをするんですか」と不満そうでしたが、1ヶ月後には自分で「あ、ここの表現が採点者に伝わってないな」と気づけるようになっていた。

Bくんも合格しました。彼が合格後に言った言葉が印象的でした。「模試の判定より、先生に答案を見せるのが怖かった。でも見せてよかったです」

そうです。模試の判定を怖がるより、自分の答案の弱点を直視することの方が、はるかに怖くて、はるかに大切なのです。


最後に——数字ではなく、あなた自身を見てくれる場所へ

E判定が出たとき、多くの受験生は「自分はダメだ」と感じます。でも私が見てきたのは、E判定の中に眠っている可能性です。その可能性を引き出すには、判定という数字ではなく、答案という「その人の思考の痕跡」を丁寧に読む必要がある。

スカイ予備校では、入塾の面談時に必ず過去の答案や模試の問題用紙を持参してもらいます。成績表だけ見ても、私には何もわからない。答案を見て初めて、「この子に何が必要か」が見えてくるからです。

もしあなたが今、判定という数字に打ちのめされているなら、一度だけ私に答案を見せてください。数字の向こうにある、あなた本来の可能性を、一緒に探しましょう。

【五十嵐より追記】
(この記事を読んで思い出したこと、追加で伝えたいことをここに記入してください)
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