「先生、もう無理です。やっぱり私には医者になれないんだと思います」
Aがそう言ったのは、高校3年生の10月。共通テスト本番まで残り3ヶ月を切ったころだった。机の上には、志望校判定がずらりとE判定に並んだ模試の成績表が置かれていた。私はその紙を一瞥して、Aの顔を見た。泣きそうなのをこらえていた。でも、目が死んでいなかった。
私はこう感じた——この子は、まだ終わっていない。
その日の面談は夕方6時から始まった。窓の外はもう暗くなっていた。Aは制服のまま、両手を膝の上で握りしめていた。成績表を持ってきたのはAの母親で、「先生にも現実を見ていただきたくて」と言いながら封筒から取り出した。数学の偏差値は43。総合偏差値は49。志望校の国立医学部とは、数字の上で20ポイント以上の差があった。母親の顔には、「もう限界ではないか」という疲弊がにじんでいた。
私はAに聞いた。「今、医者になりたい気持ちはありますか」と。Aは少し間を置いて、「あります」と答えた。小さな声だったが、はっきりしていた。私はその声の質を聞いて、決めた。この子の目標を、私が先に諦めるわけにはいかない、と。
これから書くのは、その日から始まったAの逆転合格の話だ。そして、同じような状況にいるすべての受験生と保護者に向けた、27年間の現場から導き出した私の確信だ。
「E判定」が意味するものと、意味しないもの
27年間で見てきた現場だからこそ断言できます。模試のE判定は「今の実力がどこにあるか」を示すものであって、「合格できるかどうか」を示すものでは断じてありません。
これは慰めで言っているのではない。数字の話をしている。
模試のE判定とは、統計的に「現時点の偏差値帯では合格者の上位20%に入れていない」という意味にすぎない。つまりそれは、今この瞬間の話だ。入試当日の話ではない。10月のE判定と1月の実力は、正しい戦略と正しい努力があれば、別物になる。私はその「別物になった瞬間」を、この27年間で何度も目の当たりにしてきた。
Aもそのひとりになった。
なぜそうなるのか——本質的な原因
なぜ多くの受験生が、E判定を見た瞬間に思考を止めてしまうのか。私はこの問いを27年間考え続けてきた。そして今、はっきりと答えを持っている。
原因は一つだ。「判定」という言葉が、「判決」に聞こえてしまうからだ。
模試の結果には「A判定」「B判定」……「E判定」という格付けがある。この「判定」という言葉の響きが、まるで裁判所の判決のように受け取られてしまう。「E判定=不合格確定」という誤読が、受験生の脳内で静かに、しかし致命的に起きている。
実際の数字を見てほしい。私がスカイ予備校でこれまで指導してきた医学部合格者のうち、高3の10月時点でE判定だった生徒の割合は、全体の約28%に上る。つまり、医学部に合格した生徒の4人に1人以上が、直前期にE判定を経験している。これは特別なことではない。医学部受験の現実として、10月E判定からの逆転は「例外」ではなく「よくあること」なのだ。
では、なぜE判定が出るのか。理由は大きく三つある。
一つ目は、模試の母集団の問題だ。医学部志望者が多く受ける模試では、全国の医学部志望者が一堂に集まる。その中には、医学部専門の予備校で1年以上みっちり鍛えられた浪人生も含まれる。現役生が10月の時点でその集団の上位20%に入れないのは、ある意味で当然だ。現役生の成績は、11月から1月にかけて急伸する。これはデータが示す事実だ。
二つ目は、模試の出題範囲と入試の出題範囲のズレだ。10月の模試は、まだ高校3年生が学習しきっていない範囲が含まれることがある。特に数学ⅡBや理科の後半単元は、学校の授業進度によっては10月時点で未習のケースもある。未習範囲で点が取れなくて当然だ。それをE判定として突きつけられても、それは「勉強が足りない」のではなく「まだ習っていない」だけだ。
三つ目は、受験生本人の「伸びしろの読み方」の問題だ。偏差値49と偏差値65の差は16ポイントに見えるが、これは「絶望的な差」ではない。数学の基礎を固め直し、典型問題を100問完璧にするだけで、偏差値は10ポイント動く。英語の長文読解の速度を上げ、語彙を1000語増やせば、さらに5ポイント動く。残り3ヶ月で16ポイントを埋めることは、正しい戦略があれば不可能ではない。私はその計算を、Aと一緒に紙の上でやった。
問題は才能でも時間でもない。「今の自分の数字を正しく読めているかどうか」、ただそれだけだ。
Aの話——「逃げ道」を塞いだ日
Aが初めてスカイ予備校に来たのは、高校2年生の春だった。地方の公立高校に通う女子生徒で、「国立の医学部に行きたい」と言った。動機はシンプルだった。中学生のころに祖父が入院し、担当医の言葉一つで家族全員が救われた経験があると話してくれた。その話を聞いたとき、私は「本物だ」と思った。医学部を目指す生徒の中には、親に言われてなんとなく、という子も正直いる。でもAは違った。目的地が、ちゃんと見えていた。
ところが成績はなかなか伸びなかった。数学が特に苦手で、模試のたびに数学の偏差値が足を引っ張った。高3の夏、初めての冠模試でE判定を取ったとき、Aの母親から電話があった。
「先生、娘に現実を見せてあげてください。私立の薬学部でも悪くないと思うんです」
私はそのとき正直に言った。「お母さん、Aさんはまだ諦めていません。私も諦めていません。もう少しだけ時間をください」と。保護者を説得するのは簡単ではない。でも私はこう考えた——ここで大人が先に折れたら、Aが折れる理由を与えることになる、と。
10月の面談でAが「無理かもしれない」と言ったとき、私はあえて強い言葉を使った。
「Aさん、逃げ道を探しているんじゃないですか」
Aは黙った。しばらくして、「……そうかもしれません」と言った。
「E判定が出た。だから諦めてもいい、という理由を探している。でも本当に諦めたいなら、こんな時間に私の前で泣きそうにならない」
その日から、Aは変わった。
「正しい絶望」が人を動かす
ここで私が伝えたい本質的なことがある。
受験において、E判定を取った生徒が失っているのは「実力」ではありません。「正しい絶望の仕方」を知らないだけです。
どういうことか。E判定を見て「もう無理だ」と漠然と落ち込む生徒は、エネルギーを消耗するだけで何も変わらない。一方で、E判定を見て「どの科目の、どの単元が、何点分足りないのか」を冷静に分解できる生徒は、絶望を燃料に変えられる。前者の絶望は消耗で、後者の絶望は設計図だ。
Aに対して私がやったことは、成績表を一緒に広げて「今から共通テストまでに取れる点数と、足りない点数を計算する」という作業だった。感情の話は一切しなかった。数字だけを見た。すると、数学を基礎から固め直しつつ、得意の生物と英語で確実に点を積めば、合格ラインに届く計算が出た。不可能ではなかった。不可能に見えていただけだった。
Aはその計算式を紙に書いて、机の前に貼った。模試の判定ではなく、自分で計算した「合格までの距離」を見て毎日勉強した。
対比エピソード——落ちた生徒と受かった生徒
ここで、対照的な二人の生徒の話をしたい。同じ時期に同じ志望校を目指し、同じようなE判定を持っていた二人だ。一人は合格し、一人は合格できなかった。その違いは、才能でも努力量でもなかった。
受かった生徒——Cの場合
Cは高校3年生の男子で、10月の模試で総合偏差値51、志望の国立医学部に対してE判定だった。私が最初の面談でCに「今の成績表を見てどう思いますか」と聞いたとき、Cはこう答えた。「数学の確率と数列が完全に穴になっています。あと英語の記述が弱い。この二つを潰せば、共通テストで85%は取れると思っています」
私は驚いた。E判定を取った生徒が、自分の弱点をここまで具体的に言語化できることは珍しい。Cは模試の成績表を「判定」として読むのではなく、「診断書」として読んでいた。どこが病気で、どこが健康か。それを冷静に読み取っていた。
私たちはCの言葉を元に学習計画を組んだ。数学の確率・数列を3週間で徹底的に固め、英語記述は週2回の添削指導を入れた。Cは計画通りに動いた。12月の最終模試ではC判定まで上がり、本番では共通テスト87%を叩き出した。二次試験も安定した出来で、3月に合格通知を受け取った。
落ちた生徒——Dの場合
一方、Dは同じ時期に同じ志望校を目指していた女子生徒で、成績はCとほぼ同じだった。しかしDは模試の結果を見るたびに「もっと全体的に頑張らないといけない」と言い続けた。「全体的に」という言葉が曲者だ。全体的に頑張ろうとすると、何も深まらない。毎日参考書を3冊並べて少しずつ進めるが、どれも中途半端なまま本番を迎える。
私はDに何度も「どの科目の、どの単元を、いつまでに仕上げるか」を具体化するよう伝えた。しかしDは「全部大事だから絞れない」と言い続けた。本番の共通テストは79%。志望校の足切りラインに1点届かなかった。
CとDの違いは何か。「E判定を地図として読めたかどうか」だ。地図を持っていれば、どの道を進めばいいかわかる。地図を持たずに「とにかく走ろう」としても、目的地にはたどり着けない。E判定は、使い方次第で最高の地図になる。Cはそれを知っていた。Dは知らなかった。それだけの差だ。
もう一人の話——BとE判定の「使い方」
Bは男子生徒で、Aとは逆のタイプだった。E判定を見ても「まあ模試なんてこんなもんっすよ」と笑い飛ばし、危機感を持てないことが問題だった。E判定を「信じすぎる」のも問題だが、「無視する」のも別の意味で危険だ。
Bの場合、私がやったのは逆のアプローチだった。「模試の結果を真剣に受け取れ」と伝えた。具体的には、E判定の中に隠れている「各大問の得点率」を一緒に見て、「この問題が本番で出たら今のBさんは何点取れるか」をシミュレーションした。数字を突きつけると、Bは初めて青ざめた。その青ざめた顔が、スタートラインだった。
BもAと同様に、最終的に国立医学部に合格した。判定の数字を「どう読むか」を知っていれば、E判定は武器になる。
保護者へのメッセージ——その言葉が子どもの受験を壊す
ここからは、保護者の方に直接伝えたいことを書く。
Aの母親が「私立の薬学部でも悪くないと思う」と言ったとき、その言葉がどれほどAの心に刺さったか。母親に悪意はない。むしろ娘を思えばこそ、傷つく前に現実を見せてあげたいという愛情からの言葉だ。それはわかる。でも受験生にとって、親が先に諦めることは「もう逃げていい」という許可証になってしまう。
保護者が絶対にやってはいけないこと、それは「子どもより先に志望校を諦めること」だ。
模試の結果が悪いとき、保護者がやりがちな行動がある。「志望校を下げたら?」「浪人は避けてほしい」「私立でも十分じゃないか」——これらの言葉は、子どもの闘志に水をかける。子どもが自分で「諦める」と決断するならそれは本人の選択だ。しかし親が先に「諦めさせる」のは、全く別の話だ。
では、保護者として正しい行動は何か。私が27年間で見てきた、逆転合格した生徒の保護者に共通する行動は三つだ。
一つ目は、「結果ではなくプロセスを見る」こと。模試の判定ではなく、今日何時間勉強したか、昨日より理解が深まったかを聞く。「判定どうだった?」ではなく「今日は何を勉強したの?」という問いかけに変えるだけで、子どもの受け取り方は全く変わる。
二つ目は、「プロに任せる覚悟を持つ」こと。子どもの受験を心配するあまり、親が独自に情報収集して「この参考書がいい」「この勉強法がいい」と口を出し始めると、子どもは混乱する。信頼できる指導者を決めたなら、その指導者に任せる。親の役割は、子どもが安心して勉強できる環境を整えることだ。
三つ目は、「最後まで信じ続ける」こと。これが最も難しく、最も大切だ。Aが合格できたのは、Aの努力と私の指導だけではない。最終的には母親も「先生を信じます」と言って、Aの挑戦を支え続けた。その支えが、Aの背中を押した。子どもは、親が自分を信じているかどうかを、言葉ではなく空気で感じ取る。
スカイメソッド——E判定から逆転するための具体的指導法
最後に、スカイ予備校で実際にやっている指導法を具体的に紹介する。「精神論ではなく、何をするか」を知りたい受験生のために書く。
①「失点の解剖」——模試をバラバラにする
E判定を取った生徒が最初にやるべきことは、模試の成績表を「科目別」「大問別」「設問別」に徹底的に分解することだ。私はこれを「失点の解剖」と呼んでいる。例えば数学でE判定だったとしても、大問1の小問集合は7割取れているのに、大問4の確率だけが壊滅的、というケースは多い。その場合、「数学が苦手」ではなく「確率が苦手」なのだ。この違いは天と地ほど大きい。「数学が苦手」なら全部やり直しが必要だが、「確率が苦手」なら確率だけを集中的に潰せばいい。失点を解剖することで、やるべきことが劇的に絞り込まれる。Aの場合、この作業をしたことで「数学全体ではなく、数列と微積の基礎問題に集中する」という具体的な方針が生まれた。
②「逆算カレンダー」——入試当日から今日を設計する
スカイ予備校では、入試当日から逆算して「いつまでに何を仕上げるか」を週単位で設計する「逆算カレンダー」を全生徒に作成させる。ポイントは、「やりたいこと」ではなく「やり終えること」を書くことだ。「英単語を覚える」ではなく「英単語帳の201〜400番を完璧にする」と書く。動詞を「覚える」ではなく「完璧にする」にするだけで、達成基準が明確になる。Aはこのカレンダーを作ったことで、「残り90日で何をすべきか」が一目でわかるようになった。毎朝カレンダーを確認して、今日やることだけに集中できた。漠然とした不安は、具体的な行動リストに変換した瞬間に消える。
③「得意科目の先行投資」——弱点だけを見るな
多くの受験生は、苦手科目の克服に時間を使いすぎる。もちろん苦手を放置してはいけないが、E判定からの逆転を狙うなら、得意科目を「武器」に育てることが同じくらい重要だ。国立医学部の二次試験は、全科目で満点を取る必要はない。得意科目で他の受験生を圧倒し、苦手科目で最低限の点を取る、という戦略が現実的だ。Aの場合、生物と英語が得意だった。私はAに「この二科目で満点近くを取りにいく」と伝えた。苦手な数学は「足を引っ張らないレベル」まで引き上げることを目標にした。この「選択と集中」が、逆転合格の核心だ。苦手を平均点まで上げる労力と、得意を満点近くまで上げる労力は、実は後者の方が小さい。得意科目への先行投資は、最も効率的な逆転戦略だ。
共通テスト当日——そして結果
共通テスト本番、Aは数学で過去最高点をマークした。本人から速報のメッセージが来たとき、私は思わず声が出た。「やったな」と。
二次試験も、Aは落ち着いて臨めたと話してくれた。面接では「なぜ医師を目指すのか」という問いに対して、祖父の話を自分の言葉で語ったという。
そして3月、国立大学医学部の合格通知が届いた。
合格の報告を受けたとき、Aは「先生、逃げ道を塞いでくれてありがとうございました」と言った。私はこう感じた——この言葉を聞けるから、この仕事をやめられない、と。
模試の数字を信じなかった理由——正確に言えば
この記事のタイトルに「模試の数字を信じなかった」と書いたが、正確には少し違う。私は模試の数字を「誤解しなかった」のだ。
模試の判定を「合否の宣告」と誤解した瞬間に、人は思考を止める。でも模試の判定を「現在地の報告」として正しく読めば、そこから次の一手が生まれる。AもBも、数字そのものを否定したわけではない。数字の「意味」を正しく理解して、動き続けた。それだけのことだ。
累計1万人を超える受験生を見てきた中で、私が確信していることがある。逆転合格した生徒に共通しているのは、「特別な才能」でも「奇跡的な運」でもない。正しい現状認識と、そこから動き続ける意志だ。その二つがそろえば、E判定は単なる通過点になる。
10月のE判定は、終わりではない。スタートラインだ。その紙を「判決文」として読むか、「地図」として読むか——その解釈の違いが、3月の結果を分ける。私はこれを、27年間で何度も見てきた。だから断言できる。
あなたが今、模試の結果を見て立ち止まっているなら、一度スカイ予備校に話を聞きに来てほしい。判定を一緒に「読み直す」ところから始めます。あなたの現在地を、一緒に正しく見る。それだけでも、見える景色は変わる。
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