「先生、もう一つ塾を増やそうと思うんですが、どう思いますか?」
高3の秋、Kくんはそう言って私の前に座った。英語塾、数学専門塾、そして私のスカイ予備校。すでに三つを掛け持ちしていた彼が、さらに四つ目を検討していた。「苦手な古文だけ、もう一つ取ろうかと」と。
私はそのとき、正直に言って背筋が冷たくなった。心配ではなく、確信があったからだ。「この子は落ちる」と。
「全部やれば受かる」という錯覚
Kくんは真面目な生徒だった。怠けていたわけでも、遊んでいたわけでもない。むしろ逆で、何とかしなければという焦りが、塾の数を増やすという行動に向かっていた。
親御さんも同じ気持ちだったと思う。お母さんから後日聞いた話では、「どこか一つに絞るのが怖かった。万が一その塾が合わなかったら、取り返しがつかないから」と言っていた。その気持ちは、27年間で何百人もの保護者と向き合ってきた私には痛いほどわかる。
でも、これは「保険をかける」のではありません。「自分の学習に責任を持てる場所をなくす」だけです。
Kくんはその年、第一志望はもちろん、滑り止めにしていた大学も含めて全滅した。
掛け持ちが失敗する、本当の理由
塾の掛け持ちが失敗するのは、「授業が多すぎるから」ではない。もちろんそれも問題だが、本質はもっと別のところにある。
27年間で見てきた現場だからこそ断言できますが、掛け持ちが受験生を潰す最大の理由は「復習の時間が消えること」ではなく、「誰も全体を見ていないこと」にある。
英語塾の先生は英語しか見ない。数学専門塾の先生は数学しか見ない。古文の先生は古文しか見ない。そして誰も、この受験生の「今の状態」「残り時間」「合格までの距離」を総合的に判断する人間がいない。
Kくんのケースでは、英語塾では「英語はもう少し伸びる」と言われ、数学塾では「基礎からやり直しが必要」と言われ、私のところでは「現代文は安定している」と伝えていた。それぞれの言葉は正しかった。しかし誰も「今から古文に時間を使うより、数学を固める方が合格に近い」という判断を下せなかった。いや、正確には、下す立場の人間がいなかった。
受験は科目の集合体ではない。一人の人間の、限られた時間と体力の中での、総合戦略だ。その戦略を描ける人間が一人もいない状態で、どうやって勝つのか。
もう一つの事例——Aさんの場合
対照的な例も挙げておきたい。
Aさんは高2の終わりに私のところへ相談に来た。当時、英語と理系科目でそれぞれ別の塾に通っていた。「どちらも信頼しているし、やめたくない」と言っていた。
私はAさんに一つだけ聞いた。「その二つの塾の先生は、お互いのことを知っていますか?あなたの全体の状況を共有していますか?」
Aさんは首を横に振った。
私はこう提案した。「どちらかをやめる必要はない。ただ、あなたが『司令塔』を一人決めて、その人に全部の情報を集めてください。模試の結果も、他の塾での指摘も、体調も、全部。そしてその人の判断に従って動く。それだけでいい」と。
Aさんはそれを実行した。司令塔は私ではなく、長年信頼していた英語塾の先生にお願いしたと後から聞いた。私はそれで構わないと思った。大事なのは、誰が司令塔かではなく、司令塔が存在するかどうかだからだ。
Aさんはその年、第一志望に合格した。
「良い塾を増やす」より「良い関係を一つ作る」
保護者の方から「どの塾が一番いいですか?」と聞かれることが多い。私はいつも、少し言葉を選んで答える。
「一番いい塾」は存在しない。あなたのお子さんにとって「今、必要なことを、正直に言ってくれる場所」が一番いい塾だ。
それは偏差値の高い有名塾ではないこともある。実績の数字が大きい予備校ではないこともある。大事なのは、担当の先生が「この子の合格に責任を持っている」かどうかだ。
私が27年間で気づいたことがある。成績が伸びる生徒は、必ずと言っていいほど「この先生に言われたら従う」という信頼関係を一人の指導者と結んでいる。逆に伸び悩む生徒は、複数の先生の言葉を自分でジャッジしようとして、判断の迷路に入り込んでいる。
高校生が、複数の専門家の言葉を取捨選択する力を持っていると思うのは、残念ながら幻想だ。それができるなら、最初から塾はいらない。
掛け持ちを検討する前に、確認すべき3つのこと
もし今、塾の掛け持ちを考えているなら、先に答えてほしい。
一つ目。今通っている塾の先生に、「先生、私の今の状態を正直に教えてください。合格できますか?」と聞いたことがあるか。その答えに納得しているか。
二つ目。今の塾の宿題・復習を、毎回完璧にこなせているか。「授業は受けているが、復習が追いついていない」状態で塾を増やすのは、食べきれない料理をさらに注文するのと同じだ。
三つ目。新しい塾を増やす目的が「不安の解消」ではないか。「この先生なら英語が伸びる」という根拠があるのか、「何かしなければという焦り」から動こうとしているのか、自分に正直に問いかけてほしい。
不安から動く受験生は、どれだけ塾を増やしても不安が消えない。それは塾の問題ではなく、「自分が何をすべきかが見えていない」という問題だからだ。
最後に、私が伝えたいこと
Kくんのことは今でも思い出す。全滅の結果を聞いたとき、私は自分を責めた。もっと早く、もっとはっきり言うべきだったと。「その四つ目の塾はやめなさい。それより今週の数学の復習をしなさい」と、もっと強く言えばよかったと。
受験は情報戦でも塾の数の戦いでもない。限られた時間の中で、正しい優先順位を守り続ける戦いだ。そしてその優先順位を一緒に考えてくれる人間が、本当の意味での「いい塾」だと私は考える。
スカイ予備校では、初回の相談で必ず「今の全体像」を一緒に整理するところから始めている。他の塾に通っていても構わない。まず現状を正直に話してほしい。あなたに必要なのが何かを、一緒に考えることが私の仕事だと思っているから。
(この記事を読んで思い出したこと、追加で伝えたいことをここに記入してください)



