毎年必ず失敗する受験生のパターン——27年で見えた「落ちる生徒」の共通点5つ

毎年必ず失敗する受験生のパターン——27年で見えた「落ちる生徒」の共通点5つ 五十嵐校長コラム

「先生、私、やれるだけのことはやりました」

3月の合格発表の後、Aさんはそう言って私の前に座った。第一志望の国立大学は不合格。滑り止めのはずだった私立も、2校落ちていた。彼女は泣いてもいなかった。ただ、どこか茫然とした顔で、「やれることはやった」という言葉を繰り返した。

私はそのとき、何も言えなかった。いや、正確に言えば——言いたいことはあった。でも、言えなかった。

「Aさん、あなたが『やった』と感じていることと、合格に必要だったことは、ずっとすれ違っていたんです」

27年間、私はこの仕事をしてきた。累計1万人を超える受験生を見てきた現場だからこそ断言できます——「落ちる生徒」には、驚くほど共通したパターンがある。毎年、同じ失敗が、違う生徒の上に繰り返される。この記事は、そのパターンを包み隠さずお伝えするための記事です。耳が痛い話もある。でも、今この瞬間に知ることに意味がある。

【失敗パターン1】「わかった気になる」勉強をしている

最も多く、最も深刻な失敗がこれだ。

授業を聞いて「なるほど」と感じる。参考書を読んで「そういうことか」と思う。そしてノートにきれいにまとめる。——でも、問題を解かせると、手が止まる。

「わかる」と「できる」は、まったく別の能力だ。受験において問われるのは後者だけだ。どれだけ「わかった」体験を積み重ねても、それだけでは点数は上がらない。

私が見てきた生徒の中に、毎日5時間以上勉強していたのに模試の点数が一向に上がらないBくんがいた。彼のノートは本当に美しかった。色分けされ、図解があり、まるで参考書のようだった。でも彼は、そのノートを「作ること」に満足していた。作ったノートを見返して、問題を解く時間は、ほとんどなかった。

私はこう感じる。「勉強した感」は、受験において最も危険な感覚の一つだ、と。手を動かした時間の長さではなく、「解けなかった問題が解けるようになったか」だけを基準にしてほしい。

【失敗パターン2】模試の結果を「見て終わり」にする

模試が返ってきたとき、あなたは何を見るか。

偏差値? 判定? 志望校の合否ライン?

それを確認して、一喜一憂して——終わり。これが「落ちる生徒」の模試との向き合い方だ。

模試は成績を「確認する」ためのものではない。自分の「穴を発見する」ためのツールだ。間違えた問題の中に、あなたの合否を分ける情報が全部入っている。なぜ間違えたのか。どの知識が抜けていたのか。時間配分の問題だったのか。それを一問一問掘り下げることが、次の模試と本番につながる。

偏差値という数字は、現在地を示すだけだ。地図で言えば「現在地」のピンを差しただけで、そこから目的地への道を考えなければ、ピンは意味をなさない。

【失敗パターン3】「まだ時間がある」という錯覚が続く

これは毎年、判で押したように起きる。

4月——「まだ4月だから、基礎からじっくりやろう」
7月——「夏休みから本気を出す」
9月——「秋から追い上げる受験生もいるし」
11月——「まだ2ヶ月ある」
1月——「もう間に合わないかも……」

この流れ、見覚えがある人もいるだろう。私はこれを「受験の先送り病」と呼んでいる。

重要なのは、「まだある」と「もうない」は、同じ一日の裏と表だということだ。今日という日は、今日しか存在しない。明日の自分に期待する習慣がある人は、本番当日まで「明日の自分」に期待し続ける。そして本番当日、「明日」はもう来ない。

私はこう考える。「本気を出す日」を決めている受験生は、永遠に本気を出さない、と。

【失敗パターン4】志望校の「傾向」を無視した勉強をしている

努力の方向が間違っていれば、努力すればするほど、正解から遠ざかる。

受験は「勉強量」を競うゲームではない。「その大学の入試で、その大学が求める形で答えを出す」ゲームだ。大学ごとに出題傾向は全く異なる。記述が多い大学、選択式が中心の大学、特定の分野が毎年必ず出る大学——それぞれに対応した準備が必要だ。

以前、Cさんという生徒がいた。英語が得意で、長文読解はどんな問題でも高得点を取れた。でも彼女が受けた大学の英語は、長文よりも英作文と文法問題に大きな配点があった。彼女は「得意な英語」を磨き続けたが、「その大学の英語」を対策していなかった。結果は不合格だった。

「頑張った」と「正しく頑張った」はまったく違う。過去問は最低5年分、できれば10年分に目を通し、その大学が何を求めているかを徹底的に分析してほしい。

【失敗パターン5】メンタルの管理を「運」に任せている

受験は、知識と技術だけの勝負ではない。

本番当日、どれだけの実力を発揮できるか——それはメンタルの状態に大きく左右される。ところが、「メンタル管理」を意識的に行っている受験生は、驚くほど少ない。

不安を感じるのは当然だ。プレッシャーがかかるのも当然だ。問題は、その不安とプレッシャーにどう対処するか、だ。「緊張しないようにしよう」と思っても、緊張は消えない。「自信を持て」と言われても、根拠のない自信は本番で崩れる。

本当の意味でのメンタル強化とは、「緊張した状態でも解けるトレーニングを積むこと」だ。時間を計って解く。試験会場に似た環境で解く。ミスをしたときに立て直す練習をする。これが本番の「地力」になる。

メンタルは鍛えるものだ。管理するものだ。「当日の自分に任せる」のは、準備をしていない人間の言い訳に過ぎない。27年間で見てきた現場だからこそ断言できます——本番で実力を出し切れた受験生は、例外なく「メンタルを意識して準備してきた」受験生だった。

最後に——「落ちる」のは能力の問題ではない

ここまで読んできて、「自分は大丈夫だろうか」と不安になった人もいるかもしれない。でも、私が伝えたいのはそこではない。

「落ちる生徒」は、頭が悪いわけではありません。努力していないわけでもありません。ただ、「努力の仕方」を間違えているだけです。

これが、この記事で伝えたかった最も本質的なことだ。

冒頭のAさんの話に戻ろう。「やれることはやった」と言った彼女は、本当に努力していた。誰よりも机に向かっていたかもしれない。でも彼女の努力は、残念ながら「合格につながる努力」ではなかった。それを、受験が終わった後に私が伝えることしかできなかった——この経験が、私がこういった記事を書く原動力になっている。

あなたには、今この瞬間に気づいてほしい。

もし今の勉強に少しでも「これでいいのかな」という感覚があるなら、ぜひ一度、スカイ予備校に相談に来てください。あなたの勉強を外側から見て、「どこが噛み合っていないか」を一緒に確認します。押しつけがましい勧誘は一切しません。ただ、27年分の経験を、あなたのために使わせてほしいと思っています。

【五十嵐より追記】
(この記事を読んで思い出したこと、追加で伝えたいことをここに記入してください)
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