「先生、私、小論文が書けない人間なんです。たぶん一生書けないと思います」
初めて面談室に座ったとき、Aさんはそう言った。声は小さく、目は伏せたまま。手元には、真っ白な原稿用紙が一枚。題名すら書けずに持ってきたものだった。
隣に座るお母さんは、娘の言葉を聞いて小さく唇を噛んだ。「この子、小さいころから作文が苦手で……学校でも毎回白紙に近い状態で出していて。先生にも『もっと早く対策すべきだった』と言われてしまって……」。声の端に、後悔と焦りが滲んでいた。試験まで残り2ヶ月。看護系大学の入試では小論文の配点が非常に高い。お母さんの焦りは当然だった。
私はその瞬間、正直に言うと「ああ、また同じパターンだ」と思った。27年間この仕事をしていると、こういう生徒に何百人と会ってきた。だから焦りはなかった。ただ、その「真っ白な原稿用紙」を見て、私の中でスイッチが入る感覚があった。
Aさんの目は伏せられたままだった。でも私には見えていた。その目の奥に、「どうせ無理だと思っているけれど、それでも諦めたくない」という光が、かすかに灯っているのが。27年間、何千人もの生徒を見てきた目は、そういうものを見逃さない。
「大丈夫ですよ」と私は言った。それは慰めではなかった。本気でそう思っていた。なぜなら、「書けない」というのは才能の話ではないからだ。この確信が、私の27年間の指導経験から来ている。
「書けない」のではない。「書き方を知らない」だけだ
Aさんは高校3年生の女の子で、志望校は看護系の大学だった。面接と小論文が入試の柱になる学校で、小論文の配点が非常に高い。お母さんと一緒にスカイ予備校の扉を叩いてくれたのは、試験まで残り2ヶ月というタイミングだった。
27年間で見てきた現場だからこそ断言できますが、「小論文が書けない」という生徒の9割以上は、才能の問題ではなく、構造を知らないだけです。文章を書く能力がないのではなく、「小論文というゲームのルール」を教わっていないだけなのです。
これは逆説的に聞こえるかもしれないが、事実だ。小論文は「感性」で書くものではありません。「型」で書くものです。その型さえ身につければ、誰でも一定以上のレベルに到達できる。私はそれを、何百人もの生徒を通じて確信している。
なぜそうなるのか——本質的な原因
では、なぜこれほど多くの高校生が「小論文が書けない」という状態に陥るのか。私はこの問いを、27年間ずっと考え続けてきた。そして今、はっきりとした答えを持っている。
原因は三つある。
一つ目は、「学校教育における小論文指導の絶対的な不足」だ。文部科学省の調査によれば、高校の国語授業における小論文の指導時間は、全授業時間のわずか数パーセントにすぎない。多くの学校では「読解」と「古文・漢文」に授業時間の大半が割かれ、実際に自分の意見を論理的に組み立てて書くという訓練は、ほぼ行われていない。これが第一の原因だ。生徒が書けないのは、生徒の責任ではなく、システムの問題なのだ。
二つ目は、「作文と小論文の混同」だ。多くの生徒は、小論文を「難しい作文」だと思っている。だから、感じたことや経験したことを書こうとする。しかし小論文は作文ではない。小論文は「主張+根拠+具体例+展望」という論理構造を持った文章だ。感性で書くものではなく、設計図に従って組み立てるものだ。この根本的な誤解が、多くの生徒を「書けない」状態に追い込んでいる。
三つ目は、「失敗体験の蓄積」だ。これが最も根深い。一度「書けなかった」という体験をすると、人間の脳はそれを強烈に記憶する。次に書こうとするとき、脳は「前回失敗した」という記憶を呼び起こし、手を止めさせる。Aさんが「たぶん一生書けないと思います」と言ったのは、まさにこの状態だ。才能の問題ではなく、失敗体験が積み重なって生まれた「思い込み」なのだ。
私がスカイ予備校で最初にやることは、この三つの原因を一つずつ取り除いていくことだ。指導の型を教え、小論文と作文の違いを理解させ、小さな成功体験を積み重ねることで「思い込み」を崩していく。この順序を守れば、2ヶ月で確実に変わる。私は1000人以上の生徒でそれを証明してきた。
もう一つ、見落とされがちな原因がある。それは「語彙の不足」ではなく「論理的思考の訓練不足」だ。多くの指導者は「語彙を増やせ」「表現を豊かにしろ」と言う。しかしそれは枝葉の話だ。幹となるのは、「ある問いに対して、自分はどう考えるか」を整理する力だ。この力は、訓練によって必ず身につく。生まれつきの才能とは関係ない。
対比エピソード——落ちた生徒と受かった生徒
ここで、対照的な二人の生徒の話をしたい。同じ年に指導した、BさんとCさんの話だ。二人とも志望校は同じ福祉系の専門学校で、小論文の配点は全体の40パーセントを占めていた。
Bさんは、最初から「やる気」に満ちていた。初回の面談で「絶対に合格します」と宣言し、私が出す課題もすべてこなした。しかし、Bさんには一つの致命的な癖があった。「自分の感情を書くこと」に固執していたのだ。
たとえば「高齢化社会における介護の課題」というテーマで書かせると、Bさんはこう書いた。「私のおじいちゃんは要介護状態で、毎日介護している家族を見て胸が痛みます。だから私は介護士になりたいのです」。読んでいて気持ちは伝わる。しかし小論文としては落第点だ。問題の分析がない。根拠がない。社会的な視点がない。「感動的な作文」にはなっているが、「論理的な小論文」にはなっていない。
私は何度も指摘した。「Bさん、気持ちはわかる。でも小論文は感情文ではなく論証文だ。あなたの経験は根拠の一つとして使えるが、それだけでは足りない」。しかしBさんは「でも気持ちを書かないと、本当の自分が伝わらない気がして」と言い続けた。型を受け入れることへの抵抗が、最後まで消えなかった。
結果は、不合格だった。小論文の採点で大きく点を落としたと、後から聞いた。Bさんの気持ちは本物だったし、志望動機も素晴らしかった。しかし試験官が求めているのは「感動」ではなく「論理」だ。そこを最後まで理解できなかった。
一方、Cさんは最初から「書くことが嫌いです」とはっきり言っていた。作文の成績も良くなかった。しかしCさんには、一つの強みがあった。「素直さ」だ。
私が「まず型を覚えなさい」と言うと、Cさんは黙って型を覚えた。「感情より論理を優先しなさい」と言うと、黙って従った。最初の文章は確かに機械的だった。型に沿って書いているのが透けて見えるような、硬い文章だった。しかし3週間後、4週間後と経つにつれ、その硬さの中に「Cさんの言葉」が少しずつ滲み出してきた。型が体に馴染み始めたのだ。
Cさんが転機を迎えたのは指導開始から5週目だった。「地域医療の崩壊をどう防ぐか」というテーマで書かせたとき、Cさんは初めて「自分の意見」を型の中に流し込むことに成功した。序論で問題を鋭く定義し、本論では過疎地域の医師不足という具体的な数字を引用し、結論では「コメディカルスタッフの役割拡大」という具体的な提言まで書いた。私はその答案を読んで、思わず「これはすごい」と声に出した。
Cさんは第一志望に合格した。合格後に「先生、私、書くことが好きになりました」と言いに来てくれた。私はその言葉が、今でも忘れられない。
BさんとCさんの違いは、才能でも努力量でもなかった。「型を受け入れられたかどうか」、ただそれだけだ。
最初の1週間——「書く」前にやったこと
Aさんへの指導で、私が最初の1週間に「書かせなかった」という事実を話すと、驚かれることが多い。
書けない生徒に対して、多くの先生がやりがちなのは「とにかく書かせる」ことだ。しかし私の経験上、それは逆効果になることが多い。書けないのに無理やり書かせると、生徒は「やっぱり自分には無理だ」という確信を深めてしまう。自信を砕く方向に働いてしまうのだ。
だから最初の1週間、私はAさんに「読む」練習だけをさせた。過去の合格者が書いた小論文を5本、毎日音読させた。声に出して読む。それだけだ。
「なんでこれが練習になるんですか?」とAさんは不思議そうに聞いてきた。私はこう答えた。「あなたの頭の中に、まだ『小論文の文体』が入っていない。まずそれを体に染み込ませるんだよ」と。
子どもが言葉を覚えるとき、最初に「話す」ことから始めるわけじゃない。まず「聞く」ことから始まる。小論文も同じだ。書く前に、優れた文章を大量にインプットする。それが土台になる。
2週目——「型」を徹底的に叩き込む
2週目から、私はAさんに小論文の基本構造を教え始めた。「序論・本論・結論」という言葉自体は知っていたが、それぞれに何を書くべきかは全く理解していなかった。
私が使うのは、シンプルな4段落の型だ。①問題提起、②自分の意見の提示、③根拠と具体例、④まとめと展望。これだけだ。この枠に内容を当てはめていく練習を、毎日30分繰り返させた。
最初のうち、Aさんの文章は確かにぎこちなかった。型に沿って書いているのが透けて見えるような、硬い文章だった。でも私は「それでいい」と言い続けた。ぎこちなくていい。型通りに書けることが、まず第一ステップだから。
ここで私が意識していたのは、「褒めるポイントを必ず見つける」ということだ。どんなに拙い文章でも、必ず一つは良い部分がある。その部分を最初に伝えてから、改善点を話す。この順番を崩さなかった。
Aさんは繊細な子だった。少しでも否定的な言葉が重なると、目に見えて表情が曇った。だから私は、言葉の選び方に細心の注意を払った。「ここは惜しい」「あと一歩」「この考え方は面白い、もっと掘り下げよう」——そういう言葉で包みながら、少しずつ前に進めていった。
転機は「怒り」だった
指導を始めて3週間が経ったころ、転機が訪れた。
その日のお題は「安楽死の合法化について、あなたの考えを述べよ」という、看護系でよく出る倫理的なテーマだった。Aさんは最初、「難しすぎてわかりません」と言って手が止まった。
私はいつもと違うアプローチを取った。「じゃあ、あなたはどう思うの?正直に言って」と聞いた。Aさんはしばらく黙ったあと、こう言った。「……正直、賛成も反対も、どっちも違う気がするんです。苦しんでいる人を助けたいけど、でも命を絶つことを人間が決めていいのかって、なんか怖くて」
私はそれを聞いて、思わず前のめりになった。「それだよ!今あなたが言ったこと、そのまま書けばいい。それが小論文になる」
Aさんの目が、初めて輝いた瞬間だった。自分の「本音」が小論文の材料になると気づいた瞬間だった。
その日書いた文章は、それまでとは明らかに違った。型通りではあるけれど、言葉に体温があった。自分の言葉で書かれていた。私は読みながら、本当に嬉しかった。この仕事をしていてよかったと思う瞬間が、こういうときだ。
スカイメソッドの具体的な指導法
ここで、私がスカイ予備校で実際に使っている指導法を、具体的にお伝えしたい。「メソッド」などと大げさな名前をつけるつもりはないが、27年間の試行錯誤の末に辿り着いた、再現性の高いアプローチだ。
指導法①——「口述筆記」から始める
書けない生徒に対して私が最初に行うのは、「話させて、私が書く」という作業だ。テーマを与え、「どう思う?」と聞く。生徒が話したことを、私がホワイトボードに書き留める。それを生徒に見せながら「今あなたが言ったこと、これが序論になる」「この部分が根拠になる」と解説する。
この方法の効果は絶大だ。生徒は「自分には書くべき内容がない」と思い込んでいるが、実際には話させてみると、十分な「材料」を持っていることがほとんどだ。問題は内容ではなく、それを文章に変換する回路が育っていないだけだ。口述筆記は、その回路を開通させる最初のステップになる。
指導法②——「穴埋め型テンプレート」で型を体に刻む
口述筆記で材料が出てきたら、次は「穴埋め型テンプレート」を使う。「現代社会では、〇〇という問題がある。この問題の本質は〇〇だと私は考える。なぜなら〇〇だからだ。具体的には〇〇という事例がある。以上を踏まえ、〇〇という解決策が求められる」——この枠に言葉を当てはめるだけで、一つの小論文の骨格が完成する。
最初はこの穴埋めを埋めることだけに集中させる。文体の美しさや語彙の豊かさは、後から追求すればいい。まず「型通りに書き切る」という成功体験を積ませることが、何より優先される。この段階で「もっと自由に書きたい」という生徒には、「型を完全に習得してから自由にしろ。型を知らない自由は、ただの混乱だ」と伝える。
指導法③——「逆算添削」で自己修正力を育てる
ある程度書けるようになってきたら、私は「逆算添削」という方法を使う。生徒が書いた答案を返す前に、「この答案の採点基準を自分で作ってみなさい」と言う。「どんな要素が入っていたら満点か」を自分で考えさせるのだ。
これをやると、生徒は自分の答案の弱点を自分で発見するようになる。「あ、私の文章、根拠が薄い」「具体例が一つしかない」「結論が序論と矛盾している」——こういった気づきが、自分の力で生まれてくる。指導者が「ここが悪い」と言うより、自分で気づいた方が、修正のスピードが格段に速い。この「自己修正力」こそが、試験本番で最も必要な力だ。
保護者へのメッセージ——間違った行動と正しい行動
ここで少し、保護者の方々に向けて話をさせてください。
お子さんが「小論文が書けない」と言ったとき、多くの保護者が取る行動は、大きく二つに分かれます。そして、その二つの行動は、結果に大きな差をもたらします。
間違った行動の代表は、「もっと本を読みなさい」という声かけです。読書が大切なのは事実ですが、試験まで2ヶ月という時点でこれを言っても、間に合いません。また「なんでこんなに書けないの」という叱責も、絶対に避けてください。先ほど説明したように、失敗体験の蓄積が「書けない」状態を作っています。そこにさらに否定的な言葉を重ねると、生徒の自己効力感は地に落ちます。書けない子を叱っても、書けるようにはなりません。
もう一つの間違いは、「放置」です。「本人が頑張るしかない」と距離を置きすぎると、生徒は孤立します。特に繊細な生徒は、「親に心配をかけたくない」という思いから、苦しさを一人で抱え込みます。Aさんのお母さんが「もっと早く相談すればよかった」と言っていたのは、まさにこの状態だったからです。
では、正しい行動とは何か。一つ目は、「専門家に任せる」という決断を早くすることです。小論文の指導は、国語の先生が得意とは限りません。小論文には小論文の専門的な指導法があります。学校の先生を否定しているのではなく、専門性の問題です。二つ目は、「家では結果を聞かない」ことです。「今日はどうだった?」「書けた?」という問いかけは、プレッシャーになります。家では「お疲れ様」の一言で十分です。勉強の中身は、指導者に任せてください。三つ目は、「信じて待つ」ことです。2ヶ月は短いようで、正しい指導のもとでは十分な時間です。Aさんのお母さんがそれを証明してくれました。
2ヶ月後——「別人」になったAさん
指導を始めて2ヶ月後、Aさんは模擬試験として実際の入試過去問に挑戦した。制限時間60分、800字の小論文だ。
書き終えた答案を私が読んだとき、正直に言う——鳥肌が立った。
構成は完璧だった。序論で問題を鋭く切り取り、本論では自分の看護師を目指す経験を根拠として使い、結論では社会全体への視点まで広げていた。文体も安定していた。何より、文章に「Aさんらしさ」があった。
「これ、本当に私が書いたの?」とAさんは自分の答案を見て言った。私は笑いながら「そうだよ。最初から、あなたの中にあったものだよ」と答えた。
結果は、第一志望の看護大学に合格。合格通知を持ってお母さんと一緒に報告に来てくれたとき、お母さんは涙をこらえながら「2ヶ月前とは別人みたいです」と言ってくださった。私もそう思った。でも正確には、「別人」ではない。最初からそこにいた本人が、ようやく外に出てきたのだ。
「書けない」は才能の話ではない——最後に伝えたいこと
この話を通じて、私が一番伝えたいことはシンプルだ。
小論文が書けないのは、あなたの頭が悪いからでも、文章のセンスがないからでもありません。ただ、正しい順序で、正しい方法を教わっていないだけです。
1000人以上の受験生を指導してきた私が、これだけは断言する。適切な指導と、正しい練習を積めば、2ヶ月で小論文は確実に上達する。「書けない人間」などというものは存在しない。あるのは「まだ書き方を知らない人間」だけだ。
Aさんが最初に言った言葉を、もう一度思い出してほしい。「たぶん一生書けないと思います」。その子が2ヶ月後、自分の答案を見て「これ、本当に私が書いたの?」と言った。この事実が、すべてを物語っている。
あなたの子どもも、あるいはあなた自身も、今「書けない」と感じているなら、それは終わりではなく、始まりの手前に立っているだけだ。正しい入口さえ見つければ、必ず道は開ける。27年間、私はその入口を案内し続けてきた。そしてこれからも、案内し続ける。
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