「校長先生、私、絶対受かると思ってたんです。志望理由書も完璧に仕上げたし、面接練習も100回以上やりました。なのになんで……」
その子は、合格発表の翌日に私の部屋を訪ねてきた。Aさん、当時18歳。第一志望の私立大学の総合型選抜(AO入試)で不合格になった。目が真っ赤だった。私は何も言えなかった。なぜなら、Aさんが落ちた理由を、私はその瞬間すでに理解していたから。
彼女は「準備をした」のではなく、「準備をした気になっていた」だけだった。
総合型選抜の「落とし穴」は、準備量ではなく準備の中身にある
27年間で見てきた現場だからこそ断言できます。総合型選抜(AO入試)で失敗する生徒の9割は、「準備不足」で落ちているのではありません。「準備の方向性が根本的にずれている」だけです。
これは非常に残酷な話で、たくさんの時間をかけて、たくさんの努力をしているのに、落ちる。それどころか、努力すればするほど「方向性のズレ」が深くなっていくケースすらある。私がこの仕事をしていて、最も心が痛む瞬間のひとつです。
では、具体的に何を見落としているのか。順を追って話していきます。
見落とし①:「志望理由書」を「作文」だと思っている
最初の、そして最大の落とし穴がここです。
多くの受験生は、志望理由書を「自分の気持ちを書く作文」だと捉えています。「この大学が好きです」「この学部に興味があります」「将来はこういう仕事がしたいです」――こういう内容を、丁寧な言葉で、感情を込めて書く。それが志望理由書だと思っている。
違います。
志望理由書は「プレゼンテーション資料」です。審査する側の大学教授・入試担当者に向けて、「なぜ私がこの大学のこの学部でなければならないか」を論理的に証明する文書です。感情は補助的な役割に過ぎない。
Aさんの志望理由書を最初に見たとき、私は正直、文章の上手さに驚きました。読みやすくて、感情が伝わってきて、彼女の人柄もよく出ていた。しかし、読み終えた後に残ったのは「この子は、なぜこの大学でないといけないのか」という疑問でした。どの大学の志望理由書にも使えそうな、汎用的な内容だったのです。
私はそのとき彼女に言うべきでした。「Aさん、この志望理由書は、他の大学にも送れるね」と。それを言いかけて、彼女の真剣な目を見て、言えなかった。私の判断ミスです。今でも悔いています。
見落とし②:面接練習を「質問への回答練習」にしてしまっている
「面接練習、100回やりました」とAさんは言った。私はその言葉を聞いたとき、むしろ不安になりました。
100回の練習が、どんな練習だったかによって、その数字の意味はまったく変わる。
よくある間違いは、「想定問答集を作って、それに対する模範解答を暗記する」という練習です。「なぜこの大学を志望しましたか?」「あなたの強みはなんですか?」「10年後どうなっていたいですか?」――こういった質問に対する「完璧な答え」を用意して、それを滑らかに言えるよう反復する。
しかし、総合型選抜の面接で審査官が見ているのは、「答えの内容の完璧さ」ではありません。「この受験生の思考の深さと、本学への本気度」です。
暗記した模範解答は、どこかで必ず「ほころび」が出ます。審査官はベテランです。想定外の角度から質問を一つ投げかけるだけで、準備した台本から外れた瞬間の反応を見ています。そこで慌てたり、言葉が止まったりした瞬間に、「この子は表面だけ磨いてきたんだな」と判断される。
本当の面接練習とは、「なぜそう思うのか」を何層にも掘り下げる訓練です。自分の考えの根っこを、自分自身が理解しているかどうか。それを確かめる作業です。
見落とし③:「大学が求める人物像」を調べていない
これを言うと、多くの生徒は「調べました!」と答えます。しかし私が「では、その大学のアドミッション・ポリシーを今すぐ一言で言えますか?」と聞くと、ほとんどの生徒は黙ります。
大学のウェブサイトを見た、パンフレットを読んだ、それは「情報を目にした」だけです。「理解した」とは言えない。
先日相談に来たBくんの話をします。彼は某有名私立大学の総合型選抜を受験しようとしていました。その大学のアドミッション・ポリシーには、明確に「社会課題に対して当事者意識を持ち、解決に向けて行動できる人材を求める」という文言がありました。
Bくんの志望理由書と面接準備を確認したとき、私は驚きました。彼の準備のどこにも「行動」の実績がなかったのです。興味関心は十分に書かれている。問題意識もある。しかし、「だから私はこういう行動をしました」という具体的なエピソードが一つもなかった。
「Bくん、この大学は行動した人を欲しがっている。君は今まで、その問題に対して何か実際に動いたことはある?」と私は聞きました。彼は少し考えてから、「地域の清掃ボランティアに3回参加しました」と答えました。
それで十分でした。しかし彼はその事実を「大したことじゃない」と思って書いていなかった。大学が求める人物像と自分の経験を結びつける視点が、完全に抜け落ちていたのです。
Bくんはその後、志望理由書を書き直し、面接の軸を変えて、見事に合格しました。ギリギリのタイミングでしたが、間に合った。
逆説:「熱意」は武器にならない。「根拠ある熱意」だけが武器になる
総合型選抜で落ちる生徒を見ていて、私が感じる最大の誤解はここにあります。
「私はこの大学が大好きです」「絶対に入りたいです」という熱意は、審査官の心を動かしません。なぜなら、その言葉は証明できないからです。審査官の立場で考えてみてください。毎年何百人、何千人という受験生が「絶対に入りたいです」と言ってくる。その言葉は、もはや情報として機能していない。
動かせるのは、「根拠ある熱意」だけです。「私はこういう経験をして、こういう問いを持つようになった。その問いに答えるために、この大学のこの研究室でこういうことを学びたい。だから私はここに来なければならない」という、論理と経験に裏打ちされた意志。それだけが、審査官の記憶に残ります。
熱意がないとは言っていません。熱意だけでは足りない、ということです。
今すぐ確認してほしい「3つの問い」
総合型選抜の準備をしているすべての受験生に、今日この瞬間から考えてほしいことがあります。
一つ目。「あなたの志望理由書は、その大学の名前を別の大学に変えても通用しますか?」もし通用するなら、書き直す必要があります。
二つ目。「あなたは、志望する大学のアドミッション・ポリシーを、自分の言葉で人に説明できますか?」できないなら、まだ理解できていません。
三つ目。「面接で想定外の質問をされたとき、あなたは自分の言葉で考えながら答えられますか?」暗記した台本しかないなら、それは危険な状態です。
この3つに自信を持って「はい」と答えられたとき、初めて「準備ができた」と言えます。
最後に
冒頭のAさんは、翌年、一般入試で第二志望の大学に進学しました。入学後、彼女から手紙が届きました。「総合型の失敗があったから、自分が本当に何を学びたいのかを初めてちゃんと考えました。今の大学でその答えを見つけています」という内容でした。
私はその手紙を読んで、救われた気がしました。同時に、最初の段階でもっと厳しいことを言えていれば、と今も思います。
1万人以上の受験生を見てきた私が確信していること。それは、総合型選抜は「準備した量」を競う試験ではなく、「自分自身をどこまで深く理解しているか」を問う試験だということです。
もし今、志望理由書や面接の準備に行き詰まりを感じているなら、一人で抱え込まないでください。スカイ予備校では、個別の無料相談を随時受け付けています。あなたの言葉の中に眠っている「本当の志望理由」を、一緒に掘り起こしましょう。
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