「日本経済は衰退してもいい」と思う若者たちへ ―経済と幸福の本当の関係

五十嵐校長コラム

「日本経済は衰退してもいい」と思う若者たちへ ―経済と幸福の本当の関係

「日本経済の衰退を容認する若者が60%超」――この数字に、私は複雑な思いを抱きます。スカイ予備校の校長として30年間、教育現場で多くの生徒たちと向き合ってきた私(五十嵐)にとって、この現実は決して他人事ではありません。

確かに、バブル経済の崩壊後を生きる君たちにとって、「経済成長」という言葉は空虚に響くかもしれません。長時間労働で心を病む大人たち、拡大する格差、閉塞感漂う社会を見て、「そんな成長なら要らない」と思うのも自然な感情です。それは、君たちが目の前の現実から目を背けているのではなく、むしろ現状に対する鋭い洞察力を持っている証拠であるとも言えます。社会のひずみを敏感に感じ取り、そこに疑問を投げかけることは、未来を創造するために不可欠な第一歩だからです。

しかし、その上で、私たちはもう一歩踏み込んで、この問いを深く掘り下げていく必要があります。「衰退してもいい」という言葉の裏には、どのような願いや不安が隠されているのでしょうか。そして、本当に「衰退」が、君たちの望む「豊かさ」や「幸福」へとつながる道なのでしょうか。

GDPって本当に必要?経済と幸福の意外な関係

「GDPなんて関係ない」「お金より心の豊かさが大切」――こんな声をよく聞きます。確かに、お金がすべてではありません。それは私も心から同意します。しかし、経済と個人の幸福は思っている以上に深くつながっているのも事実です。経済が健全に機能しているからこそ、私たちの日常生活の基盤が成り立っていることを、改めて認識する必要があります。

例えば、君たちが今日、スマートフォンで友達と連絡を取り、最新の情報を瞬時に手に入れられるのも、それは経済活動の恩恵です。世界中の企業が競争し、技術開発に投資し、製品を製造・販売する経済活動があるからこそ、私たちは便利なテクノロジーを享受できます。

また、大学に進学し、学びたいことを学ぶ機会が与えられているのも、それは社会全体の経済力に支えられている部分が非常に大きいのです。教育機関の維持、質の高い教師陣の確保、研究開発への投資など、これらすべてには経済的な基盤が必要不可欠です。

コンビニで24時間買い物ができる利便性、病気になった時に適切な医療を受けられる体制、安全な交通インフラの整備、そして何より、私たちの生活を支える社会保障制度の充実――これらはすべて、経済成長とともに実現し、維持されてきたものです。経済が停滞すれば、これらの恩恵は少しずつ、しかし確実に失われていく可能性を秘めていることを、私たちは真剣に考える必要があります。

ただし、ここで大切なのは「どんな成長を目指すか」です。単なるGDP至上主義の量的成長ではなく、人々の幸福を中心に据えた持続可能な発展を考える必要があります。つまり、「経済成長そのもの」が目的ではなく、「人々がより豊かに、より幸せに生きるための手段」として経済を捉え直す視点が、今の君たちには求められているのです。

「もう疲れた」若者たちの本音を理解したい

縮小均衡を望む若者の心理を、私なりに理解しようと努めています。君たちの声に耳を傾けると、そこには様々な不安や疲弊感が横たわっていることがわかります。

* 就職活動の厳しさ
* 奨学金という名の重い借金
* 将来に対する漠然とした不安
* 「努力しても報われない」と感じる社会
* 環境問題や社会格差への絶望感

これらすべてが、「成長なんてしなくていい、静かに暮らしたい」という気持ちにつながるのでしょう。この気持ちは決して甘えや逃げではありません。むしろ、過度な競争や消費至上主義に疑問を呈し、持続可能な社会を求める健全な感覚だと思います。

私自身、長年教育に携わる中で、多くの生徒たちが抱える葛藤や苦しみを目の当たりにしてきました。彼らが「成長」という言葉にネガティブなイメージを抱く背景には、彼ら自身の努力や才能が正当に評価されない、あるいは過剰な負担を強いられる現実があることも理解しています。

しかし、同時に考えてほしいのです。縮小均衡の先に本当に幸せがあるのか、と。経済規模が小さくなれば、それは単に「競争がなくなる」というだけでなく、様々な問題を引き起こす可能性があります。具体的には、

  1. 雇用機会の減少: 新しい産業や企業の創出が滞り、君たちの世代が就職できる場所が減ります。安定した職を得ることが難しくなり、非正規雇用が増加する可能性もあります。
  2. 税収の低下: 経済活動が縮小すれば、国や地方自治体の税収が減少します。その結果、教育、医療、介護、社会保障といった公共サービスの維持が困難になります。医療費の自己負担が増えたり、年金制度が維持できなくなったりするかもしれません。
  3. インフラの老朽化と維持困難: 道路、橋、上下水道、公共交通機関といった社会インフラの老朽化が進み、その修繕や更新に必要な費用を賄えなくなります。安全で快適な生活環境が失われる恐れがあります。
  4. 研究開発の停滞: 新しい技術やイノベーションが生まれにくくなります。それは、医療の発展が遅れたり、気候変動問題への対応が困難になったりすることにもつながります。
  5. 国際社会におけるプレゼンスの低下: 経済力が低下すれば、国際社会での日本の発言力や影響力も弱まります。これは、グローバルな問題解決への貢献が難しくなるだけでなく、日本自身の国益を守ることが困難になる可能性もはらんでいます。

もちろん、これらは悲観的なシナリオばかりを並べたものであり、必ずしもそうなるとは限りません。しかし、可能性としてこれらの問題が存在することを認識し、それに対してどのように備えるか、どのように回避するかを考えることが、私たち大人の、そして君たち若い世代の責任であると強く感じています。

成長しなくても豊かに生きられる社会を作れるか

では、経済成長ゼロでも豊かに生きられる「ポスト成長社会」は可能でしょうか?私は可能だと思います。ただし、それには相当な知恵と工夫が必要です。そして、それは「何もしなくても実現する」ものでは決してありません。意識的な努力と、社会全体の変革への強い意志が求められます。

具体的なアプローチとしては、以下のようなものが考えられます。

  • シェアリングエコノミーの活用: 物やサービスを所有するのではなく、共有することで、資源の消費を抑えながら利用者の満足度を高める。自動車、住居、工具など、様々な分野でのシェアリングが可能です。
  • 地域コミュニティの再生と強化: 地域住民がお互いに助け合い、支え合う関係性を再構築する。地産地消を推進し、地域内での経済循環を活性化させることで、外部経済に依存しない自立した地域社会を目指します。
  • 働き方の多様化と柔軟化: 時間や場所に縛られない働き方(リモートワーク、フレックスタイム、パラレルキャリアなど)を推進することで、個人のライフスタイルに合わせた多様な生き方を尊重します。これによって、生産性の向上と、精神的なゆとりの創出が期待できます。
  • テクノロジーを活用した効率化と省資源化: AI、IoT、再生可能エネルギーなどの最新技術を最大限に活用し、エネルギー消費を抑えつつ、生産性を向上させる。例えば、スマートシティ構想では、エネルギー管理、交通システム、廃棄物処理などを最適化し、持続可能な都市運営を目指します。
  • 「足るを知る」価値観の醸成: 物質的な豊かさだけを追い求めるのではなく、精神的な豊かさ、人間関係の豊かさ、自然との共生といった非物質的な価値を重視する社会への転換を図る。大量生産・大量消費のライフスタイルを見直し、よりシンプルな暮らし方の中に幸福を見出す視点が重要です。

これらの取り組みを組み合わせれば、量的成長に頼らない質的な豊かさを追求できるはずです。私たちは、「経済規模が小さくなること」=「不幸になること」という短絡的な思考から脱却し、新しい豊かさの定義を模索する時期に来ているのです。

でも、そんな社会は誰かが勝手に作ってくれるものではありません。政治家や一部の専門家だけが考えて実現できるものでもありません。君たち自身が当事者として関わってこそ実現するのです。君たちの世代がどのような未来を望み、そのためにどのような行動を起こすかによって、社会の方向性は大きく変わります。

無関心でいられるのは実は「特権」

ここで一つ、厳しいことを言わせてください。「経済に無関心でいられる」のは、実は大きな特権です。世界には、今日食べるものにも困っている人々が何億人もいます。水さえも手に入らない地域があり、十分な教育を受けられない子どもたちが大勢います。彼らにとって、経済は「どうでもいい」ものではなく、文字通り「生死を分ける」ほどの切実な問題です。

日本国内でも、経済的困窮によって、学ぶ機会を奪われ、進学を諦めざるを得ない子どもたちがたくさんいます。病気になっても十分な医療を受けられない高齢者や、住む場所を失って困窮する人々も存在します。

君たちが経済について「どうでもいい」と言えるのは、今のところ最低限の生活が保障されているからです。教育を受け、衣食住に困らず、比較的安全な環境で暮らせているからです。しかし、その保障がいつまで続くかは分かりません。社会全体で経済活動が停滞し、税収が減れば、これらの「当たり前」の基盤が揺らぎかねません。

君たちが享受している「無関心でいられる特権」は、実は多くの先人たちの努力と、現在の社会の経済力に支えられていることを、ぜひ一度考えてみてほしいのです。そして、この特権を享受しているからこそ、私たちは社会の未来に対して責任を持つべきではないでしょうか。

当事者意識が人生を輝かせる

最後に、私が30年間の教育経験で確信していることをお伝えします。それは、社会に対する当事者意識を持って行動する人ほど、幸せで充実した人生を送っているということです。

「自分には関係ない」「どうせ自分がやっても変わらない」といった諦めの姿勢ではなく、「自分たちの手で理想的な社会を作ろう」と主体的に考える人の方が、結果的に豊かな人生を歩んでいるのです。なぜなら、そうした人々は、自らの行動が社会に与える影響を感じ、その中で自己肯定感を育み、生きがいを見出すことができるからです。

経済への関心も同じです。それは単に「お金儲け」という話ではありません。「どうすればみんなが豊かに、そして幸せに暮らせる社会を実現できるのか」という壮大な問いに、経済というレンズを通して向き合うことです。

経済成長が目的ではありません。みんなが幸せに暮らせる社会が目的です。そのために経済をどう活用するか、どう設計し直すか、そしてどのような新しい価値観を社会に実装していくか――それを考えるのは、まさに君たち若い世代の役割です。

私たち大人は、過去の成功体験や失敗から学び、その知識と経験を君たちに伝えることはできます。しかし、未来を創造し、新しい社会を構築するのは、君たちの自由な発想と、既存の枠にとらわれない柔軟な思考力にかかっています。

「衰退してもいい」ではなく、「新しい豊かさを創造しよう」――そんな前向きな気持ちで、一緒に未来を描いてみませんか?

君たちの知恵と情熱があれば、きっと素晴らしい答えが見つかるはずです。スカイ予備校は、君たちが自らの未来を切り開き、社会に貢献できる人材として成長できるよう、全力でサポートすることをお約束します。共に学び、共に考え、共に未来を創っていきましょう。

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