「お母さん、〇〇ちゃんも△△大学を受けるって言ってたから、私もそこにしようかな」
この一言を聞いた瞬間、あなたの胸の中に何が湧き上がりましたか。
私はこの言葉を、毎年秋になると保護者の方々から何度も何度も聞かされます。そのたびに、私の胸の奥で静かな、しかし確かな炎が燃え上がります。焦りとも怒りとも違う、「ここが分岐点だ」という鋭い直感です。
なぜなら、この瞬間の親の「一言」が、子どもの人生の軌道を大きく左右するからです。大げさに聞こえるかもしれませんが、これは比喩ではありません。私が27年以上の指導現場で目撃してきた、動かしようのない事実です。
忘れられない、ある秋の面談室
10月の初旬、面談室のドアをノックする音がしました。入ってきたのは、高校3年生の女子生徒と、その母親でした。二人とも、どこか気まずそうな表情をしていました。
「先生、うちの子が急に志望校を変えたいと言い出して……」
お母さんが口を開いた瞬間、娘さんがぴくりと肩を動かしました。私はまず娘さんに向かって、静かに聞きました。「どこに変えたいの?」
「〇〇大学です。ずっと仲良しの友達が3人、そこを受けるって言ってて……一緒に行けたらいいなと思って」
その声は、決意というより、懇願に近いものでした。「ダメって言わないでほしい」という空気が、言葉の端々に滲んでいました。私は責めませんでした。ただ、一つだけ聞きました。
「その大学で、何を学びたいの?」
沈黙が流れました。5秒、10秒。彼女は視線を机に落としたまま、ぽつりと言いました。「……わからないです」
お母さんの顔が、みるみる曇っていきました。彼女が本当に行きたかったのは、福祉系の学部でした。社会福祉士になりたいという夢を、中学生の頃からずっと持っていた。しかし志望校を変えようとしていたその大学には、福祉系の学部が存在しなかったのです。
「友達と離れるのが怖かった」と、彼女は最終的に打ち明けてくれました。「高校を卒業したら、みんなバラバラになるのが不安で。だから一緒に行けたら、って思ってしまって」
この告白を聞いたとき、私は強く思いました。この子は意志が弱いのではない。ただ、不安と向き合う言葉を持っていなかっただけだ、と。そして、その不安に気づいてあげられる大人が、この子のそばにいなかっただけだ、と。面談室を出るとき、お母さんは私に深々と頭を下げました。「もっと早く相談すればよかった」——その一言が、今でも耳に残っています。
なぜ「友達基準」で大学を選ぼうとするのか——本質的な原因
まず、冷静に考えてみてください。「友達が行くから」という理由で大学を選ぼうとする子どもは、意志が弱いわけでも、将来のことを真剣に考えていないわけでもありません。不安なだけなのです。
高校3年生の秋。進路という大きな選択を前にして、「正解」が見えない。何を基準に選べばいいかわからない。そんな霧の中で、「友達と同じ場所に行けば安心できる」という気持ちが芽生えるのは、むしろ自然な心理です。責めるべきことは何一つありません。
しかし、ここで一つ、データをお伝えしたいと思います。文部科学省の調査によれば、大学入学後に「入学した大学・学部に満足していない」と答えた学生のうち、約42%が「入学前の情報収集が不十分だった」と回答しています。そして私の27年の経験則から言えば、その「情報収集不足」の背景には、ほぼ例外なく「自分軸の欠如」があります。つまり、「自分が何を学びたいか」という問いに向き合わないまま、外側の理由——友達、偏差値、知名度——で大学を決めてしまっているケースが圧倒的に多い。
では、なぜ自分軸が育たないのか。私はその最大の原因を、「問いかけの不在」だと考えています。子どもが「将来何になりたいの?」と聞かれるのは、小学生の作文の中だけです。中学・高校と進むにつれ、問いは「どの高校に行くか」「偏差値はいくつか」「合格可能性は何パーセントか」という外側の数字に置き換わっていく。「あなたは何に心が動くのか」「何を学んでいるときに時間を忘れるのか」という内側への問いかけを、誰もしてくれない。
その状態で「大学を選べ」と言われた17歳・18歳が、唯一手にしている「わかりやすい答え」が、友達という存在なのです。友達と同じ場所に行けば、少なくとも孤独にはならない。少なくとも誰かがいる。その安心感は、本物です。しかし、その安心感は「今の不安を消す」ためのものであって、「4年後の自分を豊かにする」ためのものではありません。
問題は、その不安に「友達という答え」を当てはめてしまうことにあります。そして、その選択を親が無意識に後押ししてしまうことにあります。子どもは悪くない。ただ、正しい問いを与えられていないだけです。だからこそ、親の言葉が決定的に重要になるのです。
二人の生徒が教えてくれたこと——明暗を分けた「親の一言」
同じ年の秋、私のもとには対照的な二人の生徒がいました。一人はAさん(女子)、もう一人はBさん(男子)。どちらも「友達が行くから」という理由で志望校を変えようとしていた、という点では同じでした。しかし、その後の展開はまったく異なりました。
Aさんは、仲良しグループの友達4人が全員、同じ私立大学の経営学部を志望していました。Aさん自身は、もともと栄養士になりたいという夢を持ち、栄養学部のある別の大学を第一志望にしていました。しかし10月に入り、「やっぱり友達と一緒がいい」と言い出した。
そのとき、Aさんのお母さんはこう言いました。「友達と一緒なら安心ね。経営学部も悪くないんじゃない?」
Aさんはその言葉を「許可」として受け取りました。志望校を変更し、経営学部を受験。合格しました。しかし入学後、彼女は授業に興味を持てず、2年生になる頃には「なんで私ここにいるんだろう」と口にするようになりました。友達4人のうち2人はすでに別の道に進んでおり、「一緒にいたい」という最初の理由そのものが、1年も経たずに消えてしまっていたのです。
一方、Bさんは理系の生徒で、もともと情報工学に強い国立大学を目指していました。しかし親友が「地元の私立大学に行く」と言い出し、Bさんも同じ大学に変えたいと言い始めた。そのとき、Bさんのお父さんは怒鳴りませんでした。否定もしませんでした。ただ静かに、こう聞きました。
「その大学で、お前は何をやりたいんだ?」
Bさんは答えられませんでした。お父さんはさらに言いました。「友達と離れるのが怖いのはわかる。でも、4年後のお前が笑っていられる選択をしてほしい。一緒に考えよう」
この一言が、Bさんを立ち止まらせました。二人は翌週末、一緒に大学のオープンキャンパスに行きました。情報工学の研究室を見て、Bさんは「やっぱりここがいい」と自分で言いました。その後、第一志望の国立大学に合格。今では大学院に進み、AI研究に取り組んでいます。
AさんとBさんの違いは、能力でも努力でもありませんでした。たった一つ、「親が何を言ったか」だけでした。
親が絶対に言ってはいけない「3つの言葉」
①「友達と一緒なら安心ね」
気持ちはわかります。わが子が孤独にならないように、楽しいキャンパスライフを送れるように——そう願う親心は美しい。しかし、この言葉は子どもに「友達基準で選んでいい」というお墨付きを与えてしまいます。子どもは無意識のうちに「お母さんも賛成してくれた」と記憶します。そして4年後、「なんであの大学を選んだんだろう」と後悔したとき、その矛先はどこに向かうか。想像してみてください。
②「でも、その大学じゃレベルが低いでしょ」
これも多い。子どもが友達の名前を出した瞬間、偏差値が頭に浮かび、思わず口から出てしまう言葉です。しかしこれは最悪の一手です。子どもは「友達を馬鹿にされた」と感じ、親への反発から余計にその大学へ固執するようになります。反抗期の子どもに正論をぶつけても、心は動きません。正しいことを言っても、言い方が間違っていれば、言わなかったのと同じ——いや、むしろ逆効果です。
③「あなたの好きにしなさい」
一見、子どもの自主性を尊重しているように見えます。しかしこれは、親としての責任の放棄です。子どもが「好きにしていい」と言われたとき、彼らは本当に自由になるのではなく、「誰も助けてくれない」という孤独を感じます。不安を抱えた17歳・18歳に、完全な自己決定を委ねることは、優しさではありません。羅針盤のない船に、「好きな方向に進んでいいよ」と言っているようなものです。
保護者へ——間違った行動と、正しい行動
27年間、私は数え切れないほどの保護者と向き合ってきました。その経験から、一つだけはっきり言わせてください。子どもの進路に関して、親が犯す最大の過ちは「感情で反応すること」です。
「友達と同じ大学に行きたい」という言葉を聞いた瞬間、多くの親は二つの方向に反応します。一つは「それでいいんじゃない」という迎合。もう一つは「そんな理由で決めてどうするの」という否定。どちらも、感情が先に動いています。迎合は不安の回避、否定は焦りの表れ。子どものことを考えているようで、実は自分の感情を処理しているだけです。
正しい行動は、感情を一呼吸置いてから、問いかけることです。「その大学で何を学びたいの?」「将来、どんなことをしていたい?」「今の第一志望と比べて、何が違うと思う?」——これらの問いは、責めているのではありません。子ども自身に考えさせているのです。
また、もう一つ大切なことをお伝えします。子どもが「友達と一緒に行きたい」と言うとき、その言葉の奥にある「孤独への恐れ」を、まず受け止めてあげてください。「そうか、友達と離れるのが怖いんだね」という一言が、子どもの心を開きます。否定でも肯定でもなく、まず「受け止める」。そこから初めて、本当の対話が始まります。感情を受け止めてもらった子どもは、自分から考え始めます。それが、親にできる最も力強いサポートです。
スカイ予備校が実践する、進路選択のための3つのアドバイス
では、具体的にどうすればいいのか。スカイ予備校では、「友達基準」で揺れている生徒に対して、以下の3つのアプローチを実践しています。保護者の方にも、ぜひ家庭で取り入れていただきたい内容です。
①「10年後の自分」から逆算する問いかけ
私が面談でまず行うのは、「10年後、何をしていたいか」を一緒に考えることです。「将来の夢は?」という問いは、多くの子どもにとってプレッシャーになります。しかし「10年後、どんな一日を過ごしていたい?」という問いは、もう少し柔らかく、具体的なイメージを引き出しやすい。
「人と話す仕事がしたい」「ものを作る仕事がしたい」「誰かの役に立っている実感がほしい」——そういった言葉が出てきたとき、初めて「それに近い学問は何か」「それを学べる大学はどこか」という議論ができます。友達という外側の基準ではなく、自分の内側から大学選びを始めるための、最初の問いです。家庭でも、夕食の会話の中でさりげなく聞いてみてください。
②「大学選びの軸」を紙に書き出す作業
頭の中だけで考えていると、思考はぐるぐると同じところを回り続けます。スカイ予備校では、生徒に「大学選びの軸シート」を書いてもらいます。内容はシンプルです。「学びたい学問分野」「将来就きたい仕事・やってみたいこと」「通学時間・学費などの現実的な条件」「絶対に譲れない条件」「あったらいい条件」——この5項目を書き出すだけで、多くの生徒が「自分が何を大切にしているか」を初めて言語化できます。
この作業を親子で一緒にやることをお勧めします。親が答えを書くのではなく、子どもが書いたものを隣で見守る。「これはどういう意味?」と聞くだけでいい。子どもは「自分で考えて、自分で決めた」という感覚を持てるようになります。その感覚こそが、受験勉強のモチベーションにもなり、入学後の充実感にもつながります。
③オープンキャンパスを「一人で」体験させる
これは少し意外に聞こえるかもしれませんが、私が強く勧めているのは「オープンキャンパスに一人で行く」ことです。友達と行くと、感想を共有する楽しさが先に立ち、「自分はどう感じたか」という内側の声が聞こえにくくなります。親と行くと、親の反応を気にして、本音が出にくくなります。
一人でキャンパスを歩き、講義体験をし、在学生の話を聞く。その中で「なんか違うな」と感じるか、「ここで学びたい」と感じるか——その感覚は、一人のときにしか生まれません。帰ってきた子どもに「どうだった?」と聞いてみてください。その答えの中に、本当の志望校選びのヒントがあります。
「友達と同じ大学」が悪いわけではない、ただし——
誤解しないでほしいのですが、友達と同じ大学を選ぶこと自体が間違いだとは言いません。自分の学びたいことがあり、その大学が最適であり、さらに友達も同じ大学に行くというのであれば、それは最高の選択です。問題は、順番が逆になることです。「友達が行くから」が出発点になったとき、学びの中身は後付けになります。後付けの理由は、困難にぶつかったときに脆い。入学後に「こんなはずじゃなかった」という後悔の温床になります。
大学の4年間は、人生の設計図を描く時間です。その時間を、「友達と一緒にいたかった」という理由だけで決めるには、あまりにも重すぎる。私、五十嵐はそう思っています。
子どもの「不安」を受け止めた上で、前に進む
「友達が行くから」という言葉の裏には、必ず不安があります。その不安を頭ごなしに否定することは、子どもの心を閉じさせるだけです。しかし、その不安に寄り添うふりをして「友達と同じ大学でいいよ」と言ってしまうことは、子どもの未来に対する無責任です。
正しいのは、不安をまず「受け止める」こと。「そうか、友達と離れるのが怖いんだね」「一人になるのが心配なんだね」——その言葉だけで、子どもの表情は変わります。受け止めてもらった子どもは、初めて「でも、本当はどうしたいか」を考え始めます。
そして、その後に静かに問いかけてください。「その大学で、何を学びたいの?」と。
この一言が、子どもの人生を変えることがあります。私はそれを、27年間、何度も目撃してきました。大げさではありません。親の言葉には、それだけの力があるのです。
スカイ予備校は、受験の合否だけを追いかける場所ではありません。生徒一人ひとりが「自分で選んだ道」を歩めるよう、その入り口に立つための力を育てる場所です。進路で迷っているお子さんをお持ちの保護者の方、ぜひ一度、私たちに相談してみてください。あなたとお子さんの対話の、最初の一歩をご一緒します。
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