「先生は私のことを、途中で諦めていたでしょう?」
合格発表の翌日、Eさんはスカイ予備校の扉を開けてそう言った。そして、照れくさそうに笑った。
私は一瞬、返す言葉を失った。
正直に言う。諦めていなかった、とは言い切れない瞬間があった。
Eさんとの出会い
Eさんが入塾してきたのは、高校3年生の夏、8月のことだった。第一志望は関東の有名私立大学。英語・国語・日本史の3科目受験だったが、模試の偏差値は平均で42。残り5ヶ月で20近く上げなければならない計算だった。
最初の面談で、私はEさんの現状を丁寧に確認した。英語は単語帳を1冊も終えたことがない。国語は現代文の問題集を「なんとなく」解いてきただけ。日本史は学校の授業を聞いているだけで、一度も自分で整理したことがない。
いわゆる「勉強の仕方を知らない」状態だった。
それ自体は珍しくない。27年間で見てきた現場だからこそ断言できますが、夏の時点で勉強法が身についていない受験生は、むしろ大多数です。問題は方法論ではなく、そこから何をするか、だ。
ただ、Eさんには少し気になるところがあった。目が、どこか遠くを見ていた。
最初の2ヶ月で起きたこと
カリキュラムを組み、単語・文法・読解の順番で英語の基礎を固めるルートを引いた。国語は現代文の読み方から。日本史は通史を一本の「物語」として捉え直す授業を繰り返した。
9月は順調だった。Eさんはきちんと来る。宿題もやってくる。私は「この子は伸びる」と感じていた。
10月に入って、Eさんの足が少しずつ鈍くなった。
週3回の通塾が、週2回になった。小テストの点数が落ちてきた。面談で理由を聞くと、「なんか、急に自信がなくなってきた」とぽつりと言った。
私はこのとき、内心でひとつの判断を迫られていた。
「このまま押すべきか、少し引くべきか」
受験指導をしていると、生徒が「失速」するタイミングが必ずある。問題はそれが「一時的な停滞」なのか、「本質的な迷い」なのかを見極めることだ。私はEさんの場合、後者だと直感した。
Eさんが本当に迷っていたこと
ある日の面談で、私はあえて志望校の話を一切しなかった。代わりに、こう聞いた。
「Eさん、その大学に行って、何がしたいの?」
しばらく沈黙があった。そして、Eさんはぽろっと言った。
「実は、親に言われてその大学を目指してて。自分が本当に行きたいのかどうか、わからなくなってきた」
私はそのとき、正直に言ってよかったと思った。引き出せてよかった、と。
これは受験の現場でよく起きることだ。偏差値や志望校の話ばかりしていると、生徒は「勉強しなければならない理由」を外側に置いたまま走り続ける。エンジンが自分の中にない状態で、フルスロットルにはなれない。
私はEさんに言った。「今すぐ答えを出さなくていい。でも、自分なりの理由を1つでも見つけてみて。その大学じゃなくてもいいから、進学してやりたいことを1つ、考えてきて」
11月の変化
1週間後、Eさんが戻ってきた。
「先生、私やっぱりその大学に行きたいと思う。友達がそこのオープンキャンパスの動画を見せてくれて、やりたいゼミがあった」
目が、変わっていた。
それまでどこか遠くを見ていた目が、こちらをまっすぐ見ていた。
私はこのとき、「受験は諦めないことが大事」という言葉の本当の意味を改めて考えた。諦めないとは、ただ机にしがみつくことではない。自分が何のために戦っているかを、自分の言葉で持ち続けることだ。Eさんはその1週間で、それを見つけてきた。
11月からのEさんは、別人のように集中した。授業中の質問の質が変わった。「ここはどういう意味ですか」から「この問題、こう解釈したんですけど合ってますか」に変わった。自分で考えてから来るようになった。
模試の結果も、12月には偏差値が54まで上がった。まだ足りない。でも、方向は完全に変わっていた。
本番直前、私が感じた「揺れ」
正直に書く。
1月の最後の模試で、Eさんの判定はC判定だった。志望校の合格ラインまで、まだ届いていない。
私はこのとき、初めて「厳しいかもしれない」という気持ちが頭をよぎった。指導者として、それは罪悪感を伴う思考だ。でも、現場にいれば誰でも経験することだと思う。数字を見ながら、生徒の可能性を信じることと、現実を直視することの間で揺れる瞬間が、確かにある。
私が出した結論は、「最後まで全力で送り出す」だった。それだけだ。
合否は試験当日のEさんが決める。私にできるのは、その日までに持てる力を全部引き出すことだけだ。
直前の授業では、過去問の頻出テーマを徹底的に絞り込んだ。日本史は「近現代の経済史」を重点的に。英語は長文の「段落構造を掴む読み方」を何度も反復した。国語は「筆者の主張を一文で言えるか」を毎回確認した。
Eさんは全部、ついてきた。
「諦めていたでしょう?」の答え
合格発表の翌日、Eさんが笑いながら言った言葉に、私はこう返した。
「正直に言う。一瞬だけ、厳しいかなと頭をよぎった瞬間はあった。でも、諦めたことは一度もない」
Eさんはそれを聞いて、「やっぱり」と笑った。「なんか先生が1月にすごく真剣な顔してたから、わかってた。でも先生が諦めてないのも、わかってた」と。
生徒は、指導者の「本気」を思っている以上に感じ取っている。
これは27年間、現場で繰り返し実感してきたことだ。
逆説的に聞こえるかもしれないが、受験において「諦めない」とは、強がることではない。揺れながらも、手を離さないことだ。指導者も生徒も、両方そうであるべきだと私は考える。
Eさんの話が教えてくれること
Eさんの合格を「奇跡」と呼ぶ人もいる。夏の偏差値42から、難関私大への合格は確かに簡単ではない。
でも私は、奇跡だとは思っていない。
Eさんが10月に立ち止まり、自分の動機を見つめ直し、11月に自分の言葉で戦い始めた。その積み重ねが、2月の合格につながった。プロセスはすべて、つながっていた。
受験で逆転合格を果たした生徒に共通するのは、「諦めなかった」という一言ではなく、「自分なりの理由を持ち直した瞬間があった」ということだ。その瞬間が、エンジンを本物に変える。
あなたにも、その瞬間は来る。いや、自分から作りに行くことができる。
もし今、勉強に身が入らない理由が「目的を見失っているから」なのだとしたら、それは能力の問題ではない。まだ自分の言葉で理由を持てていないだけだ。
スカイ予備校では、成績の話だけでなく、こういった「内側の話」も一緒に考える時間を大切にしています。もし今の自分の状態を誰かに話してみたいと思ったら、まず一度、無料の相談に来てみてください。答えを押しつけることはしません。ただ、一緒に考えます。
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