「先生、熱が38度8分あります。どうしたらいいですか」
試験当日の朝7時過ぎ、私の携帯に震える声でそう電話してきたのは、当時高校3年生のMさんだった。
私はその瞬間、正直に言えば、胸がぎゅっと締め付けられた。3年間、毎日のように顔を合わせてきた生徒だ。模試の結果に一喜一憂して、夏には泣いて、秋には立ち直って——その子が、よりによって今日この日に発熱している。指導者として何十年やっていても、こういう電話は慣れない。慣れたくもない。
だが、私はすぐに気持ちを切り替えた。今、私が動揺してどうする。
「Mさん、落ち着いて聞いて。今すぐやることを3つだけ言う」
「準備していた子」と「していなかった子」の、当日の差
結論から言う。Mさんはその日、第一志望の大学に合格した。
試験会場から帰ってきた彼女は、顔色こそ悪かったが、目だけが静かに燃えていた。「先生に言われた通りにしたら、不思議と落ち着いたんです」と言った。その言葉を聞いたとき、私は心の底からほっとしたと同時に、あることを確信した。
彼女が合格できたのは、当日の熱に「耐えた」からではない。熱が出ても崩れない土台を、何ヶ月もかけて作っていたからだ。
27年間で見てきた現場だからこそ断言できます。受験本番に強い生徒というのは、「メンタルが強い子」ではありません。「崩れる状況を事前に想定して、準備していた子」なだけです。
この違いは、表面上はほとんど見えない。でも結果に出る。
Mさんが試験前にやっていたこと
Mさんが特別な子だったわけではない。むしろ、最初に塾に来たときは「緊張しすぎて模試で実力が出ない」と悩んでいる、どこにでもいる受験生だった。
彼女が変わったのは、ある日私が投げかけた一つの問いがきっかけだった。
「Mさん、もし試験当日に最悪の状態だったとして、それでも点が取れる科目、一個でもある?」
彼女はしばらく黙った。そして「……英語の長文読解だけは、頭が痛くても読める気がします」と答えた。
私はそれを聞いて、そこから逆算して戦略を組んだ。英語を「絶対に落とさない科目」に仕上げる。他の科目は「ある程度取れれば合格ラインに届く」設計にする。そして毎週1回、「体調が悪い想定で解く」練習を取り入れた。
具体的には、あえて睡眠を少し削った翌朝に問題を解かせる、というものだ。万全の状態でしか練習しない受験生は、本番で少しでも体調が崩れると、「こんなはずじゃない」という焦りが思考を止める。でも、「この程度の頭の重さは知ってる」という経験があれば、その焦りが生まれない。
Mさんはこの練習を、秋から入試直前まで続けた。
もう一人の話——「完璧な準備」が裏目に出たKくんのこと
一方で、私には今でも悔やんでいる生徒がいる。Kくんだ。
Kくんは非常に優秀だった。模試の成績は常に上位。自己管理もできていて、睡眠時間、食事、運動、全部きっちりやっていた。私から見ても「この子は大丈夫だ」と思えるほどの完成度だった。
ところが、試験当日の朝、電車の遅延で会場到着が開始10分前になった。それだけだ。それだけのことで、Kくんは最初の30分間、まったく問題が頭に入らなかったと後から話してくれた。
「先生、自分でもびっくりしました。あんなに準備したのに、ちょっとしたことで頭が真っ白になって」
私はそれを聞いて、自分の指導の甘さを痛感した。Kくんに足りなかったのは、知識でも体力でもない。「想定外」への耐性だ。完璧なルーティンを作るあまり、そこから少しでもズレると崩れるもろさを、私は見逃していた。
Kくんはその後、浪人して翌年に合格した。だが、私はあの年の彼の試験会場での30分間を、今でも時々思い出す。あのとき、もっと早く「崩れる練習」をさせていたら——と。
受験当日に体調を崩したとき、本番で何をするか
では、実際に当日発熱した場合、何をすべきか。
Mさんに電話で伝えた「3つのこと」を、ここで書いておく。
一つ目は、「今の点数を守ることだけを考える」こと。体調が悪いとき、人は「挽回しよう」として難しい問題に時間をかけすぎる。これが最も危険だ。得意な問題を確実に取る。それだけに集中する。
二つ目は、「試験開始直後の5分を、ゆっくり使う」こと。焦って最初の問題に飛びつかない。問題全体をざっと眺めて、「自分が解ける問題の順番」を頭の中で決める。この5分間が、残り時間の質を決める。
三つ目は、「試験と試験の間の休憩で、目を閉じて何も考えない時間を3分作る」こと。体調が悪いとき、脳は過剰に情報処理しようとして疲弊する。意識的にシャットダウンする時間を作るだけで、次の科目への回復が全然違う。
これらはすべて、事前に「そういうものだ」と知っていないと、本番では絶対にできない。だから私は、生徒に毎年この話を、入試の2ヶ月前には必ず伝えるようにしている。
「本番に強い受験生」は、生まれつきではない
Mさんが合格の報告をしに来たとき、お母さんも一緒だった。お母さんは泣きながら「先生、当日の朝、娘が電話した後に私にこう言ったんです。『お母さん、先生に話したら落ち着いた。大丈夫だと思う』って」と教えてくれた。
私は、それを聞いてこらえきれなくなった。指導者冥利に尽きるとはこのことだと思った。
本番に強い受験生というのは、特別なメンタルを持って生まれてきた子ではない。「何が起きても、次に何をすべきか知っている子」だ。その「知っている」という状態を作るのが、受験指導の本質だと私は考えている。
知識を詰め込むことは、誰でもできる。でも「崩れた状態での自分の動かし方」を教えてくれる大人が、受験生の周りにどれだけいるか。そこが、合否を分ける最後の一線になることが、実際の現場では本当に多い。
もしあなたのお子さんが、あるいはあなた自身が、「本番に弱い」と感じているなら、それは才能の問題ではない。まだ「崩れたときの動き方」を練習していないだけだ。
スカイ予備校では、こうした「本番での対応力」を含めた指導を、一人ひとりの状況に合わせて行っています。気になる方は、まず一度、話しを聞きに来てください。私が直接お話しします。
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