過去問は何年分やるべきか?1年分で落ちた受験生と5年分で合格した受験生の決定的な差

過去問は何年分やるべきか?1年分で落ちた受験生と5年分で合格した受験生の決定的な差 五十嵐校長コラム

「先生、過去問って去年のやつ1回やったんで、もう大丈夫です」

11月の面談で、Kくん(当時高3)がそう言ったとき、私は一瞬言葉を失った。表情には自信さえ漂っていた。志望校は中堅私大の経営学部。模試の判定はC。「過去問を1年分やった」という事実だけを盾に、彼は安心しきっていた。

結果は、不合格だった。

私はその報告を受けたとき、悲しみより先に「やはりそうなったか」という感覚が来た。27年間この仕事をしていると、残念ながら、結末が見える瞬間というものがある。Kくんの話は、決して珍しいケースではない。毎年、同じ構造で同じ失敗をする受験生を、私は何人も見てきた。

今日は、その「構造」を正直に話したいと思う。

「1年分やった」は、スタート地点に立っただけだ

過去問を1年分解く行為を、多くの受験生は「対策完了」と誤解する。しかし私の認識はまったく逆だ。1年分を解いた時点で、ようやく「この大学が何を求めているか」がぼんやり見え始めたにすぎない。

過去問演習の本当の目的は、「問題を解くこと」ではない。「出題者の思考パターンを読み解くこと」だ。

1年分のデータで出題者の思考を読もうとするのは、1日の天気だけで「この地域の気候」を語るようなものだ。サンプルが少なすぎて、何も見えない。

では、何年分やれば「見える」のか。私の経験則では、最低でも3年分、できれば5年分だ。5年分を解いて初めて、「この大学の英語長文は毎年必ず社会問題系のテーマが出る」「数学の大問3は誘導形式で、最後の設問だけ難易度が跳ね上がる」「国語の記述は40字以内の制約が多い」といった、1年分では絶対に気づけないパターンが浮かび上がってくる。

Kくんが気づかなかったこと、Mさんが気づいていたこと

同じ年、同じ志望校を受けた受験生がもう一人いた。Mさんだ。彼女は夏の時点で模試の判定がDだった。客観的に見れば、Kくんより厳しい状況だった。

しかし彼女は、9月から5年分の過去問を計画的に解き始めた。最初の1年分を終えた段階で私に言ってきた言葉が忘れられない。「先生、この大学の現代文、毎年『筆者の主張』じゃなくて『筆者が批判している立場』を問う問題が多くないですか?」

私は内心、驚いた。そしてうれしかった。彼女はすでに、過去問を「解く」のではなく「読む」フェーズに入っていたからだ。

2年分、3年分と進むにつれて、Mさんの分析はさらに精度を増した。「英語の第2問は毎年文法問題だけど、2019年だけ整序問題になってる。でも他の年は全部空所補充。だからここは空所補充の練習に絞ります」——こういう判断が、自分でできるようになっていた。

Mさんは合格した。D判定から逆転した。

私はこの2人の差を、「頭の良さ」でも「努力量」でも説明しない。Mさんが特別に優秀だったわけでも、Kくんが怠惰だったわけでもない。ただ、過去問に対するアプローチが根本的に違った。それだけだ。

「時間がないから1年分」という言い訳の正体

受験生が過去問を1年分しかやらない理由として最も多いのが、「時間がない」という訴えだ。私はこの言葉を聞くたびに、少し立ち止まって考える。

本当に時間がないのか。それとも、過去問演習を「追加の負担」として捉えているから、後回しにし続けた結果、時間がなくなったのか。

27年間で見てきた現場だからこそ断言できますが、「時間がなくて1年分しかできなかった」受験生の9割は、夏休みの使い方に問題があった。過去問に着手したのが10月以降、ひどい場合は11月だった。

過去問は「仕上げ」ではない。「羅針盤」だ。早めに解いて現在地を知り、弱点を洗い出し、残りの学習計画を修正するためのツールだ。だから本来は夏休み明け、遅くとも9月には第一志望の過去問を解き始めるべきだし、そこから逆算すれば5年分こなす時間は十分にある。

「時間がない」のではない。「順番を間違えた」だけだ。

何年分やるかより、どう使うかが問題——という意見への反論

ここで必ず出てくる反論がある。「年数より質が大事ではないか。1年分を徹底的に分析する方が、5年分を流し読みするより意味があるのでは」という意見だ。

一見、正論に聞こえる。しかし私はこれを「正しいようで危険な考え方」だと捉えている。

なぜか。1年分をどれだけ深く分析しても、「それがその年だけの傾向なのか、毎年続く傾向なのか」が判断できないからだ。たとえば、ある年の英語で「グラフ読解問題」が出たとする。1年分しか見ていない受験生はそこに時間を割いて対策する。しかし5年分見ていれば、「グラフ問題はその年だけで、他の年には一切出ていない」という事実がわかる。つまり、対策の優先順位が根本から変わる。

質と量は対立しない。量をこなすことで初めて、質の高い分析が可能になる。これが私の結論だ。

具体的に「5年分」をどう使うか

ここからは、実際に5年分の過去問を有効活用するための考え方を整理する。

まず、最初の1年分は「現状把握」のために使う。時間を計って本番と同じ条件で解き、点数と手応えを記録する。ここで「合否判定」をしようとする受験生が多いが、それは間違いだ。最初の1年分の点数に一喜一憂する必要はない。あくまで「今の自分の立ち位置」を知るための素材だ。

2年目・3年目は「傾向の発見」に集中する。解いた後、採点よりも先に「前回と同じ形式の問題はどれか」「新しい傾向の問題はどれか」を書き出す作業を挟む。この習慣が、Mさんのような「出題者を読む力」を育てる。

4年目・5年目は「対策の検証」フェーズだ。ここまでに発見した傾向をもとに立てた対策が正しかったかを確認する。点数の伸びより、「狙った分野で得点できているか」を見る。

この流れを意識するだけで、過去問演習の密度はまったく変わる。

最後に、Kくんのその後について

Kくんは翌年、浪人して再挑戦した。私のところに戻ってきたとき、彼は開口一番こう言った。「先生、去年の俺、何もわかってなかったです」

その年、彼は志望校の過去問を6年分解いた。第一志望に合格した。

合格後に彼が言った言葉が、今でも私の中に残っている。「過去問って、解くんじゃなくて読むもんなんですね」——Mさんと、まったく同じ言葉だった。

2人がたどり着いた答えは同じだ。ただ、1年の時間差があった。その1年を取り戻すことは、できない。

あなたにはまだ、時間がある。過去問は何年分やるべきか——答えはもう、わかったはずだ。

スカイ予備校では、過去問の使い方から学習計画の立て方まで、個別に相談できる無料カウンセリングを実施しています。「自分のやり方が正しいか不安」と感じているなら、一度話しに来てください。27年分の現場経験が、あなたの判断の助けになると思います。

【五十嵐より追記】
(この記事を読んで思い出したこと、追加で伝えたいことをここに記入してください)
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