E判定から国立医学部に逆転合格——模試の数字より「本人の目」を信じた理由

E判定から国立医学部に逆転合格——模試の数字より「本人の目」を信じた理由 五十嵐校長コラム

「先生、もう無理です。やっぱり私には医者になれないんだと思います」

Aがそう言ったのは、高校3年生の10月。共通テスト本番まで残り3ヶ月を切ったころだった。机の上には、志望校判定がずらりとE判定に並んだ模試の成績表が置かれていた。私はその紙を一瞥して、Aの顔を見た。泣きそうなのをこらえていた。でも、目が死んでいなかった。

私はこう感じた——この子は、まだ終わっていない


「E判定」が意味するものと、意味しないもの

27年間で見てきた現場だからこそ断言できます。模試のE判定は「今の実力がどこにあるか」を示すものであって、「合格できるかどうか」を示すものでは断じてありません。

これは慰めで言っているのではない。数字の話をしている。

模試のE判定とは、統計的に「現時点の偏差値帯では合格者の上位20%に入れていない」という意味にすぎない。つまりそれは、今この瞬間の話だ。入試当日の話ではない。10月のE判定と1月の実力は、正しい戦略と正しい努力があれば、別物になる。私はその「別物になった瞬間」を、この27年間で何度も目の当たりにしてきた。

Aもそのひとりになった。


Aの話——「逃げ道」を塞いだ日

Aが初めてスカイ予備校に来たのは、高校2年生の春だった。地方の公立高校に通う女子生徒で、「国立の医学部に行きたい」と言った。動機はシンプルだった。中学生のころに祖父が入院し、担当医の言葉一つで家族全員が救われた経験があると話してくれた。その話を聞いたとき、私は「本物だ」と思った。医学部を目指す生徒の中には、親に言われてなんとなく、という子も正直いる。でもAは違った。目的地が、ちゃんと見えていた。

ところが成績はなかなか伸びなかった。数学が特に苦手で、模試のたびに数学の偏差値が足を引っ張った。高3の夏、初めての冠模試でE判定を取ったとき、Aの母親から電話があった。

「先生、娘に現実を見せてあげてください。私立の薬学部でも悪くないと思うんです」

私はそのとき正直に言った。「お母さん、Aさんはまだ諦めていません。私も諦めていません。もう少しだけ時間をください」と。保護者を説得するのは簡単ではない。でも私はこう考えた——ここで大人が先に折れたら、Aが折れる理由を与えることになる、と。

10月の面談でAが「無理かもしれない」と言ったとき、私はあえて強い言葉を使った。

「Aさん、逃げ道を探しているんじゃないですか」

Aは黙った。しばらくして、「……そうかもしれません」と言った。

「E判定が出た。だから諦めてもいい、という理由を探している。でも本当に諦めたいなら、こんな時間に私の前で泣きそうにならない」

その日から、Aは変わった。


「正しい絶望」が人を動かす

ここで私が伝えたい本質的なことがある。

受験において、E判定を取った生徒が失っているのは「実力」ではありません。「正しい絶望の仕方」を知らないだけです。

どういうことか。E判定を見て「もう無理だ」と漠然と落ち込む生徒は、エネルギーを消耗するだけで何も変わらない。一方で、E判定を見て「どの科目の、どの単元が、何点分足りないのか」を冷静に分解できる生徒は、絶望を燃料に変えられる。前者の絶望は消耗で、後者の絶望は設計図だ。

Aに対して私がやったことは、成績表を一緒に広げて「今から共通テストまでに取れる点数と、足りない点数を計算する」という作業だった。感情の話は一切しなかった。数字だけを見た。すると、数学を基礎から固め直しつつ、得意の生物と英語で確実に点を積めば、合格ラインに届く計算が出た。不可能ではなかった。不可能に見えていただけだった。

Aはその計算式を紙に書いて、机の前に貼った。模試の判定ではなく、自分で計算した「合格までの距離」を見て毎日勉強した。


共通テスト当日——そして結果

共通テスト本番、Aは数学で過去最高点をマークした。本人から速報のメッセージが来たとき、私は思わず声が出た。「やったな」と。

二次試験も、Aは落ち着いて臨めたと話してくれた。面接では「なぜ医師を目指すのか」という問いに対して、祖父の話を自分の言葉で語ったという。

そして3月、国立大学医学部の合格通知が届いた。

合格の報告を受けたとき、Aは「先生、逃げ道を塞いでくれてありがとうございました」と言った。私はこう感じた——この言葉を聞けるから、この仕事をやめられない、と。


もう一人の話——BとE判定の「使い方」

Aの話だけで終わらせないために、もう一人の生徒のことも書いておきたい。

Bは男子生徒で、Aとは逆のタイプだった。E判定を見ても「まあ模試なんてこんなもんっすよ」と笑い飛ばし、危機感を持てないことが問題だった。E判定を「信じすぎる」のも問題だが、「無視する」のも別の意味で危険だ。

Bの場合、私がやったのは逆のアプローチだった。「模試の結果を真剣に受け取れ」と伝えた。具体的には、E判定の中に隠れている「各大問の得点率」を一緒に見て、「この問題が本番で出たら今のBさんは何点取れるか」をシミュレーションした。数字を突きつけると、Bは初めて青ざめた。その青ざめた顔が、スタートラインだった。

BもAと同様に、最終的に国立医学部に合格した。判定の数字を「どう読むか」を知っていれば、E判定は武器になる。


模試の数字を信じなかった理由——正確に言えば

この記事のタイトルに「模試の数字を信じなかった」と書いたが、正確には少し違う。私は模試の数字を「誤解しなかった」のだ。

模試の判定を「合否の宣告」と誤解した瞬間に、人は思考を止める。でも模試の判定を「現在地の報告」として正しく読めば、そこから次の一手が生まれる。AもBも、数字そのものを否定したわけではない。数字の「意味」を正しく理解して、動き続けた。それだけのことだ。

累計1万人を超える受験生を見てきた中で、私が確信していることがある。逆転合格した生徒に共通しているのは、「特別な才能」でも「奇跡的な運」でもない。正しい現状認識と、そこから動き続ける意志だ。その二つがそろえば、E判定は単なる通過点になる。


もしあなたが今、模試の結果を見て立ち止まっているなら、一度スカイ予備校に話を聞きに来てほしい。判定を一緒に「読み直す」ところから始めましょう——ではなく、始めます。あなたの現在地を、一緒に正しく見る。それだけでも、見える景色は変わる。

【五十嵐より追記】
(この記事を読んで思い出したこと、追加で伝えたいことをここに記入してください)
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