「先生、私、もう無理です。どれだけ頑張っても、成績が上がらない。もう受験やめようと思ってます」
夜の9時過ぎ、誰もいなくなった自習室の片隅で、Aさんはそう言いながら下を向いていた。声は震えていなかった。泣いてもいなかった。それが逆に、私の胸に重くのしかかった。泣ける人間はまだ戦える。感情が枯れた子どもは、本当に限界なのだと、27年間の現場が私に教えてくれていたから。
Aさんとの出会い——「普通の子」だと思っていた
Aさんが最初にスカイ予備校の門を叩いたのは、高校2年の春だった。おとなしくて、目立たなくて、授業中も静かにノートをとる。最初の模試では偏差値が48。志望校は関関同立のひとつ。「頑張ります」と言ったきり、特に相談もしてこない。正直に言う。私は当初、Aさんのことを「手のかからない子」だと思っていた。
だが、それは私の大きな見誤りだった。
Aさんは手がかからなかったのではない。声を上げる方法を知らなかっただけだ。
夏が過ぎ、秋の模試が返ってきた。偏差値は49。ほぼ横ばい。私は担当講師から報告を受けたとき、「もう少し様子を見よう」と判断した。今思えば、あの判断は間違いだった。「様子を見る」という言葉は、指導者が自分の判断を先送りにするときに使う、便利な言い訳になることがある。
あの夜の会話が、私を変えた
冒頭の場面に戻る。夜9時過ぎの自習室。私がたまたま見回りに来なければ、Aさんはそのまま荷物をまとめて帰り、次の日から来なくなっていたかもしれない。いや、そうなっていたと今でも思っている。
私はAさんの向かいの席に座り、何も言わなかった。しばらく沈黙が続いた。指導者というのは、何かを言わなければならないと思いがちだ。励ますか、叱るか、アドバイスするか。しかし私はそのとき、何も言えなかった。いや、正確には「言ってはいけない」と感じた。
やがてAさんが口を開いた。
「毎日6時間勉強してます。でも何も変わらない。私って、頭が悪いんですかね」
私はそのとき、胸の中で何かが動いた。怒りとも悲しみとも違う、もどかしさのような感情だった。「頭が悪い」のではない。「正しい方向に努力できていない」だけだ。だが、そんな言葉を今のAさんに投げかけても、傷口に塩を塗るだけだと思った。
私はこう言った。「Aさん、あなたの努力は本物だ。ただ、私の見立てが甘かった。それは私の責任です」
Aさんは顔を上げた。初めて、目が合った。
問題は「勉強量」ではなく「勉強の設計」だった
翌日から、私はAさんの学習記録を全部見直した。そこで気づいたのは、Aさんが毎日やっていたのは「こなす勉強」だったということだ。問題集を1ページずつ埋めていく。単語を1日100個ずつ覚える。一見すると真面目に見える。しかし、どこに穴があるかを把握せず、ただ量をこなしていたに過ぎなかった。
27年間で見てきた現場だからこそ断言できます。成績が上がらない生徒の9割は、「努力が足りない」のではなく、「努力の設計が間違っている」のです。
私はAさんと一緒に、それまでの模試を全部並べて、どの分野で何点落としているかを徹底的に分析した。すると、英語の長文読解で毎回大量失点していることがわかった。単語は覚えている。文法も悪くない。なのになぜ長文が読めないのか。答えは「文の構造を掴む訓練」をしていなかったからだった。
Aさんは「そんなこと、誰も教えてくれなかった」とつぶやいた。私はそのとき、自分の指導体制の甘さを改めて痛感した。気づいてやれなかった。それが悔しかった。
逆説——「頑張っている子」ほど、危ない
ここで一つ、本質的なことを伝えたい。
受験において、最も見落とされやすいのは「頑張っていない子」ではありません。「静かに頑張っている子」です。
声を上げる子、泣く子、相談に来る子は、こちらが気づきやすい。しかし、黙って自習室に来て、黙って帰っていく子は、表面上は「問題ない」ように見える。だから後回しにされる。だから限界まで追い詰められて初めて、あの夜のAさんのような言葉が出てくる。
指導者として、私はあの夜以来、「静かな子」に意識的に声をかけるようにした。「最近どう?」というたった一言でいい。その一言が、子どもの孤独を少しだけ溶かすことがある。
その後のAさん——そして、もう一つの話
Aさんはその後、冬にかけて驚くほど変わった。長文読解の訓練を積み重ね、12月の模試では英語の偏差値が58まで跳ね上がった。そして翌年2月、第一志望の大学に合格した。
合格の知らせを聞いたとき、私は正直、泣きそうになった。だが、もっと印象に残っているのは合格の瞬間ではない。あの夜、自習室で「もう無理です」と言ったAさんが、帰り際にぽつりと言った言葉だ。
「先生が隣に座ってくれただけで、なんか頑張れる気がしました」
指導者とは何か、と問われれば、私はいつもこの言葉を思い出す。教えることだけが指導ではない。隣にいることも、立派な指導だと私は考える。
もう一人——Bくんの話
もう一つだけ、話をさせてほしい。
Bくんは、私が指導した中で最も「扱いにくい」と感じた生徒だった。授業中に反論する。宿題を平気でやってこない。保護者面談では「うちの子は本気になれば絶対できる」と言うお母さんの隣で、本人はスマートフォンをいじっていた。
私はBくんのことが、最初は正直、苦手だった。それを認めるのは指導者として恥ずかしいことかもしれないが、事実だから書く。
あるとき私はBくんに直接聞いた。「なんで受験するの?」と。Bくんは少し黙ってから言った。「父親に、お前はどうせ無理だって言われたから、見返したい」
私はその瞬間、Bくんへの見方が180度変わった。反抗しているのではない。傷ついているのだ。反骨心という形でしか、自分の感情を表現できないだけなのだ。
それからの指導は、変わった。私はBくんに「できない」とは一度も言わなかった。小さな成功体験を積み上げることだけを考えた。模試で偏差値が1上がったら、大げさなくらい褒めた。最初はバカにしたような顔をしていたBくんが、やがて「次もやってみます」と言うようになった。
Bくんは第一志望には届かなかった。しかし、第二志望の大学に進学し、入学式の前日に私に電話をくれた。「先生、俺、ちゃんと行きます」とだけ言って、電話を切った。それで十分だった。いや、それ以上だった。
27年間、私が学んだこと
AさんとBくん、ふたりの話を通じて、私が指導者として学んだことを一言で言うなら、「生徒は問題を持って来ない」ということだ。
問題を持って来ないのではなく、問題を言葉にする方法を知らないだけです。それを引き出すのが、指導者の仕事だと私は信じている。
1万人を超える受験生を見てきた現場だからこそ断言できます。成績を上げる前に、まず「その子の世界」を理解することが、すべての出発点になる。勉強法の前に、人間関係がある。テクニックの前に、信頼がある。
スカイ予備校が大切にしてきたのは、その一点だけかもしれない。
もし今、お子さんのことで「なんとなく心配」という感覚をお持ちであれば、ぜひ一度、私たちに話しかけてみてください。答えを出すのはその後でいい。まず、話を聞かせてもらうことから始めます。
(この記事を読んで思い出したこと、追加で伝えたいことをここに記入してください)



