「先生、河合塟の模試でついに偏差値65出ました!」
11月の面談室。Kくんは興奮した顔でスマートフォンの画面を私に見せてきた。確かに数字は立派だった。志望校の判定もB判定。お母さんも一緒に来ていて、「先生、これなら大丈夫ですよね」と安堵の表情を浮かべていた。私は「よく頑張ったね」と言いながら、正直に言うと、胸の奥に冷たいものが走っていた。
Kくんの目が輝いていたのを今でも覚えている。夏から秋にかけて、本当によく勉強した。自習室に来る時間も早くなり、帰る時間も遅くなった。その努力は本物だった。だからこそ、私は何も言えなかった。いや、正確には言うべきことを言えなかった。「その偏差値65は、志望校の合格には直結しないかもしれない」と。
その翌年2月、Kくんは第一志望の大学に落ちた。
合否発表の翌日、Kくんは一人で塾に来た。目が赤かった。「先生、なんで落ちたんですか。偏差値65あったのに」と言った。私はその問いに、すぐには答えられなかった。27年間、この仕事をしていて、この問いを何十回、何百回と受けてきた。それでも、毎回胸が痛い。
「模試の偏差値が上がっているのに、なぜ本番で落ちるのか」——この問いに、私は27年間向き合い続けている。そして今日、その答えをはっきり書いておきたいと思う。なぜなら、同じパターンで毎年、何人もの生徒が泣いているからだ。あなたに、あるいはあなたのお子さんに、同じ思いをさせたくないから。
偏差値という「麻薬」の正体
模試の偏差値は、受験生にとって非常に強力な「報酬」として機能する。点数が上がれば親が喜ぶ。先生が褒める。自分も自信が持てる。この快感は本物だ。だからこそ、危険なのだ。
私がKくんの話に戻ると、彼は夏以降、「模試で高得点を取るための勉強」に完全にシフトしていた。具体的には、頻出パターンを徹底的に暗記し、模試の過去問を繰り返し解き、模試に出やすい単元を重点的に仕上げていた。戦略的に見えるが、これは本質的には「模試という試験に特化したトレーニング」であって、「志望校の入試に特化したトレーニング」ではない。
模試と入試は、似ているようで別物だ。模試は「広く・浅く・平均的な学力」を測るために設計されている。一方、各大学の入試問題には、その大学固有の「癖」「思想」「問い方のスタイル」がある。偏差値65の学力があっても、その大学の問題形式に慣れていなければ、試験本番で手が止まる。
なぜそうなるのか——本質的な原因
27年間、私は毎年200人前後の受験生を見てきた。のべ5000人を超える生徒の受験結果と向き合ってきた計算になる。その経験から言えることがある。「模試の偏差値は高いのに本番で落ちる」生徒の割合は、体感として全受験生の15〜20%に達する。決して少数派ではない。
では、なぜこうなるのか。私が27年間かけて辿り着いた答えは一つだ。「目的と手段の逆転」が起きているからだ。
受験勉強の本来の目的は「特定の大学の入試問題を、合格点以上の得点で解き切ること」だ。模試はその目的を達成するための「現在地確認ツール」に過ぎない。ところが、秋以降になると多くの受験生がこの関係を逆転させてしまう。「模試で高い偏差値を取ること」が目的になり、「大学合格」が手段のような位置づけになってしまうのだ。
これは受験生だけの責任ではない。むしろ、私たち大人の側に大きな問題がある。偏差値という数字は「わかりやすい」からだ。保護者も、塾の講師も、学校の先生も、偏差値が上がれば「成長している」という証拠として受け取りやすい。一方で「志望校の問題形式への習熟度」は数値化しにくい。だから偏差値が注目され、偏差値が目標にすり替わっていく。
もう一つ、構造的な問題がある。模試の問題と志望校の入試問題は、設計思想がまったく異なる。模試は全国の受験生を一つの尺度で序列化するために作られている。だから問題は「標準的」で「広範囲」だ。しかし大学入試の問題は違う。各大学が「自分たちの大学で学ぶのにふさわしい学生を選ぶ」ために設計している。東大の数学と京大の数学が全然違うのは、両大学が求める「思考のスタイル」が違うからだ。早稲田の現代文と慶應の現代文が違うのも同じ理由だ。
つまり、模試で偏差値70を取れる生徒が、特定の大学の入試問題には対応できないということが実際に起きる。これは能力の問題ではない。照準のズレの問題だ。偏差値という「平均的な学力の物差し」で測った数字が高くても、志望校という「特定の的」に照準が合っていなければ、弾は当たらない。
さらに言えば、秋以降の模試は受験生全体の学力が底上げされる時期と重なる。夏に猛勉強した受験生が一斉に力をつけてくる。その中で偏差値を維持・向上させるためには、「模試対策」に特化した勉強が最も効率的に見える。だから多くの受験生が、意識しないまま「模試のための勉強」にシフトしていく。これが落とし穴だ。
「模試番長」という現象を、私は27年間で何度見てきたか
現場では、こういう生徒を「模試番長」と呼ぶことがある。模試では無双するが、本番に弱い。これは決して珍しいケースではない。27年間で見てきた現場だからこそ断言できるが、模試の偏差値と合否の相関が崩れるのは、秋以降の「勉強の方向性のズレ」が原因であることが圧倒的に多い。
「模試番長」になってしまう生徒には、ある共通点がある。彼らは「解ける問題をさらに完璧に解けるようにする」ことに時間をかける傾向がある。模試で間違えた問題を徹底的に復習し、同じパターンの問題を何度も解き直す。その結果、模試の点数は上がる。しかし志望校の入試問題に含まれる「初見の思考を要する問題」や「独自の出題形式」には対応できないまま本番を迎えてしまう。
対比エピソード——落ちた生徒と受かった生徒
二人の生徒の話をしよう。同じ時期に私の塾に通い、同じ大学を志望し、しかし結果が分かれた二人だ。
一人目は、先ほど触れたKくんだ。彼は夏の時点で偏差値58だった。「絶対に65まで上げる」と宣言し、その言葉通り11月には65に到達した。しかし彼の勉強の中身を振り返ると、志望校の過去問に本格的に取り組み始めたのは11月の後半だった。「基礎が固まってから過去問をやる」という考えを持っていて、それまでは模試の対策と参考書の周回を繰り返していた。初めて志望校の過去問を解いたとき、彼は愕然とした。「先生、全然解けません」と言いに来た。そのときすでに本番まで2ヶ月を切っていた。
志望校は記述式の問題が多く、論述力を問う設問が全体の60%以上を占めていた。模試はマーク中心で、記述問題は全体の20%程度だ。Kくんは模試対策に最適化された勉強をしていたため、記述力が圧倒的に不足していた。本番では時間が足りず、記述問題を半分以上白紙に近い状態で提出することになった。偏差値65の学力を持ちながら、合格点に遠く届かなかった。
二人目は、Mさんという女子生徒だ。関西の私立大学を志望していた彼女は、9月の模試でE判定が続いていた。お母さんが面談に来たとき、「先生、このままでは絶対無理ですよね」と涙をこらえながら言っていた。私は「今すぐ模試の偏差値を上げることを考えるのをやめてください」と言った。お母さんは一瞬、驚いた顔をした。
私がMさんに指示したのは、志望校の過去10年分の入試問題を徹底的に分析し、「この大学が求めている力は何か」を逆算することだった。分析の結果、その大学の英語は長文読解の比重が高く、しかも設問の答えが「本文のどこに書いてあるか」を正確に把握する力を問うものが多いとわかった。文法問題はほとんど出ない。現代文は要約問題が毎年必ず出る。この特徴に合わせて、Mさんの勉強の中身を根本から組み替えた。
模試の偏差値は一切気にしない。11月の模試もD判定だった。しかし彼女は翌2月、第一志望に合格した。Mさんが合格した後、私に言った言葉が忘れられない。「模試の判定を見るたびに不安だったけど、先生に『それは関係ない』って言ってもらえたから続けられました」と。
この二人の差は、「能力」ではない。Kくんの方が模試の偏差値は高かった。差は「照準」だ。Mさんは志望校の入試問題という「的」に照準を合わせ続けた。Kくんは模試という「別の的」に照準を合わせ続けた。結果は明白だった。
本番で落ちる生徒に共通する「3つのパターン」
私が現場で繰り返し観察してきた、模試偏差値は高いのに本番で失敗するパターンを整理しておく。
パターン①:過去問演習の開始が遅すぎる
「基礎が固まってから過去問をやる」という考え方は、一見正しいようで危険だ。志望校の過去問は「問題集」ではなく「試験の設計図」だ。早い段階から触れることで、何を・どのレベルまで仕上げればいいかが見えてくる。過去問を10月まで「封印」していた生徒が、11月に初めて解いて「全然解けない」と慌てるケースを、私は何十回と見てきた。遅くとも夏の終わりには一度解いてみて、志望校が何を求めているかを把握しなければならない。
パターン②:模試の復習を「次の模試対策」として使っている
模試の解き直しをすること自体は正しい。問題は、その目的だ。「次の模試でこの問題が出たときに解けるようにする」という発想で復習している生徒は、結局また「模試のための勉強」をしている。正しい復習の視点は「この問題が問うている力を、志望校の問題形式でも発揮できるか」だ。模試の復習は志望校の入試問題と常に接続されていなければならない。
パターン③:判定に一喜一憂して、勉強の軸がブレる
A判定が出れば「このままでいい」と気が緩み、E判定が出れば「全部やり直さなければ」と基礎に戻る。この振れ幅が大きい生徒ほど、本番直前に「何が仕上がっているのかわからない」という状態に陥る。模試の判定は参考情報の一つに過ぎない。合否を決めるのは、あくまで本番当日の一枚の答案用紙だ。判定に心を動かされている時間があるなら、志望校の過去問を一問でも多く解いた方がいい。
保護者へのメッセージ——その「励まし」が子どもを追い詰めている
保護者の方に、直接お伝えしたいことがある。
お子さんが模試でいい結果を出したとき、「すごい、この調子でもっと偏差値を上げよう」と言っていないだろうか。逆に悪い判定が出たとき、「判定が悪いから塾を変えよう」「もっと模試を受けさせよう」と考えていないだろうか。どちらも、間違った対応だ。
模試の結果に過剰反応することは、子どもの「勉強の軸」を壊す。子どもは親の反応に非常に敏感だ。親が偏差値に一喜一憂すれば、子どもも偏差値に一喜一憂するようになる。その結果、「志望校に合格するための勉強」ではなく「親を安心させるための模試対策」をするようになってしまう。
正しい関わり方はこうだ。模試の結果が出たとき、数字ではなく「どの分野が伸びたか」「どこがまだ弱いか」という中身の話をする。そして常に「志望校の入試問題に向けて、今の勉強は合っているか」という視点を持ち続ける。偏差値が上がっても下がっても、その問いを忘れないことだ。
もう一つ。「判定が悪いから志望校を下げよう」という話を、秋以降に持ち出すのはやめてほしい。私はこの言葉が、どれほど多くの受験生の集中力を奪うかを知っている。Mさんのケースでも、お母さんが最初に言ったのは「志望校を変えた方がいいんじゃないか」だった。しかし私は「今は変えなくていい。勉強の中身を変えましょう」と言った。偏差値や判定で志望校を変えるのではなく、勉強の方向性を変えることが先だ。
保護者の役割は、子どもが「志望校の合格」という本来の目標を見失わないように支えることだ。模試の数字に一緒に振り回されることではない。
スカイメソッドの具体的アドバイス
スカイ予備校では、「志望校の入試問題から逆算して、今日の勉強を設計する」という原則を全ての指導の基本に置いている。具体的に、どういう指導をしているかをお伝えする。
①「入試問題解剖」——志望校の過去問を最初に徹底分析する
スカイ予備校では、入塾直後に必ず「入試問題解剖」のセッションを行う。志望校の過去5〜10年分の入試問題を講師と生徒が一緒に並べ、以下の要素を徹底的に分析する。出題分野の頻度・問題形式(記述か選択か)・一問あたりの配点・求められる思考のタイプ(暗記か応用か論述か)・時間配分の難易度。この分析をもとに、「合格するために必要な力のリスト」を作成する。これが勉強計画の土台になる。模試の偏差値はこの段階では一切参照しない。
②「週次照準確認」——毎週、志望校との距離を測る
週に一度、担当講師と生徒が15分の面談を行う。このとき確認するのは「今週の勉強は、志望校の入試問題に対してどう機能したか」だ。模試の結果ではなく、志望校の過去問を一問解いてみて、「先週よりできるようになったか」を確認する。この習慣が、勉強の照準を志望校に固定し続けるために最も効果的だと、27年間の指導経験から確信している。
③「模試活用の正しい手順」——模試を「情報収集ツール」として使い切る
模試を受けた後、スカイ予備校では以下の手順で復習を行う。まず、間違えた問題を「志望校でも出る可能性があるか」で仕分ける。志望校に関係ある問題は徹底的に復習する。関係ない問題は「把握」だけして深追いしない。次に、模試全体の結果を見て「志望校の頻出分野で弱い部分はどこか」を特定し、次の一週間の勉強に反映させる。模試の偏差値の数字は「現在地の目安」として記録するだけで、それ以上の意味は持たせない。この手順を徹底することで、模試が「模試のための勉強」を生む悪循環を断ち切ることができる。
では、今日から何をすべきか
答えはシンプルだ。「志望校の入試問題から逆算して、今日の勉強を設計する」。これだけだ。
もしまだ志望校の過去問を一度も解いていないなら、今日中に一年分を手に入れて、解かなくていいから「どんな問題が出ているか」を眺めてほしい。それだけで、勉強の見え方が変わる。「自分は何のためにこの勉強をしているのか」が、具体的な形を持ち始める。
志望校の過去問を最低でも5年分分析し、頻出分野・問題形式・時間配分・記述か選択かといった要素を把握する。そのうえで、模試の結果はあくまで「現在地の確認」として使い、勉強の方向性は常に志望校の入試問題に向けておく。模試の偏差値が多少低くても、志望校の問題形式に慣れ、合格点を安定して取れる状態を作った生徒が合格する。これが27年間、私が現場で見続けてきた事実だ。
Kくんの話に戻ろう。彼は翌年、浪人してスカイ予備校に来た。私は最初の面談で「模試の偏差値は一切気にしなくていい。志望校の過去問だけを見ろ」と伝えた。最初は戸惑っていたが、半年後、彼は志望校に合格した。合格報告のとき、彼はこう言った。「先生、模試の偏差値って、本当に関係なかったですね」と。
私は笑いながら答えた。「関係ないとは言わない。でも、それだけを見ていたら落ちる、ということだよ」と。
Kくんはその言葉を聞いて、少し考えてから言った。「浪人して、初めてわかりました。模試って、地図みたいなものですよね。地図を眺めてても、目的地には着かない」と。私はその言葉を聞いて、この仕事を続けてきてよかったと思った。
偏差値という地図を眺め続けることに必死になっている受験生が、今この瞬間も全国に何万人もいる。その一人一人に届けたくて、私はこの文章を書いた。模試の数字に一喜一憂している時間があるなら、志望校の過去問を一問でも多く解いてほしい。その一問が、本番の合否を分ける。
スカイ予備校では、志望校の入試問題を徹底的に分析した「逆算型の学習設計」を、一人ひとりに合わせて行っている。模試の数字に振り回されず、本番で結果を出すための道筋を、一緒に考えさせてほしい。27年間、私が見てきた合格者たちは全員、志望校という「的」に照準を合わせ続けた生徒たちだった。あなたにも、その一人になってほしい。
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