「校長先生、今日、試験を受けてきました。ありがとうございました」
電話口から聞こえてきたその声は、少し震えていた。入試当日の夕方、私の携帯が鳴ったとき、正直なところ、最初は何の電話か分からなかった。番号を見ても見覚えがない。でも出た瞬間、すぐに分かった。Nさんだ、と。
Nさんは、スカイ予備校に通っていた女子生徒だ。第一志望は地元の国立大学の教育学部。小学校の先生になりたい、という夢をずっと持ち続けていた子だった。彼女が初めて私の前に座ったのは、高校3年の春。「先生、私、頭が悪いんです」と、開口一番そう言った。私はそのとき、内心こう思った。この子は頭が悪いんじゃない。自分を信じる練習をしてこなかっただけだ、と。
「頭が悪い」と言う子ほど、伸びしろがある
27年間で見てきた現場だからこそ断言できますが、入塾時に「私は頭が悪い」と言う生徒が、最終的に第一志望に合格するケースは決して珍しくありません。むしろ、根拠もなく「私は大丈夫」と言い張る生徒より、自分の弱さを正直に口にできる子のほうが、伸びることが多い。なぜか。自分の現在地を正確に把握しているからです。
Nさんも、まさにそのタイプだった。模試の結果を見ながら「ここが弱い」「あの単元が怖い」と、自分の課題をちゃんと言語化できた。私はそこに可能性を見た。問題は学力ではなく、メンタルの部分だった。
夏を過ぎたあたりから、Nさんの成績は少しずつ上がり始めた。でも本人は信じられない様子だった。「先生、これって本当に上がってますか?」と、模試の返却のたびに私に確認しに来た。私はそのたびに「本当に上がってる。数字は嘘をつかない」と答えた。
入試前夜、私が彼女に言ったこと
入試の前日、Nさんから一通のメッセージが届いた。「明日、怖いです。落ちたらどうしよう」という内容だった。私は少し考えてから、こう返信した。
「怖いのは当然だよ。怖くない受験生なんていない。でも、Nさんが今日まで積み上げてきたものは、誰にも消せない。試験会場に持って入れるのは、そこまでの自分だけ。それで十分」
送信してから、私は少し余計なことを言いすぎたかな、とも思った。でも翌日の夕方、あの電話が来た。
「校長先生、今日、試験を受けてきました。ありがとうございました」
合否はまだ分からない。でも彼女の声には、やりきった人間だけが持てる静けさがあった。私はそれを聞いた瞬間、目頭が熱くなった。27年やっていても、こういう瞬間には慣れない。慣れたくない、とも思う。
「感謝の電話」が教えてくれる、受験の本質
受験というのは、合否を争うゲームではありません。自分自身と向き合い続けた時間の、集大成です。
これは逆説的に聞こえるかもしれませんが、入試当日に「ありがとう」と言える生徒は、すでに受験に勝っています。合格発表の前に、です。なぜなら、感謝を口にできるということは、自分の外側にある「支えてくれた人」の存在に気づけているということだから。そういう生徒は、結果がどう転んでも、次へ進む力を持っている。
私はこれを、Nさんから教わりました。
後日、合格の報告が来た。電話口で「受かりました!」と叫んだNさんの声は、あの入試当日の静かな「ありがとう」とは全然違う声だった。でも私には、あの静かな声のほうが、ずっと長く残っている。
もう一人、忘れられない生徒の話
Nさんの話をしていると、どうしても思い出す生徒がいる。Kさんという男子生徒だ。彼は浪人生で、スカイ予備校に来たのは2月、つまり現役の入試が終わった直後だった。
「全部落ちました」と言いながら入ってきたKさんの顔は、疲れ果てていた。親御さんも一緒に来ていて、お母さんは涙をこらえているのが分かった。私はKさんに聞いた。「来年、もう一度やる気はあるか」と。彼はしばらく黙って、それから「あります」と言った。その一言で、私は引き受けることにした。
Kさんの浪人の1年間は、正直、平坦ではなかった。夏に一度、「もう無理かもしれない」と言って授業を休んだことがある。私は直接電話をした。「来い」とだけ言った。翌日、Kさんは来た。それから最後まで、来続けた。
翌年の入試当日、Kさんは何も連絡をしてこなかった。私は少し心配していた。でも夜、一通のLINEが来た。「やってきました。先生のおかげです」。それだけだった。シンプルだったけれど、私はその短い文章を何度も読み返した。
Kさんも合格した。第一志望の工学部に。
「感謝」は、合格の前に生まれる
NさんもKさんも、合格発表の前に「ありがとう」を伝えてきた。これは偶然ではないと私は考える。
受験勉強というのは、孤独な作業のように見えて、実は人との関係の中で成立している。親の存在、先生との対話、友人との切磋琢磨——それらを「当たり前」と思わず、「支えてもらっている」と感じられるようになったとき、人は本当の意味で成長している。そしてその成長が、合格という結果を引き寄せる。
感謝が合格を呼ぶのではありません。感謝できるほど成長した人間が、合格するだけです。
これが、27年間・1万人を超える受験生を見てきた私の、偽らざる実感です。
あなたの「ありがとう」を、聞かせてほしい
スカイ予備校では、毎年たくさんの生徒が入試当日を迎える。そのたびに私は、連絡を待つというより、祈っている。うまくいったかな、と。試験会場で実力を出せたかな、と。
もしあなた、またはお子さんが今、受験に向けて悩んでいるなら、一度話を聞かせてください。成績の話だけじゃなくていい。不安でも、迷いでも、持ってきてほしい。それを一緒に整理するところから、私たちは始めます。
入試当日に「ありがとうございました」と言える受験生を、私はこれからも育てていきたいと思っています。
(この記事を読んで思い出したこと、追加で伝えたいことをここに記入してください)


