「校長先生、私、もう無理です。消えてしまいたいです」
夜の11時過ぎ、スマートフォンの画面に知らない番号が表示された。出てみると、嗚咽まじりの声が聞こえてきた。声の主はKさん、当時18歳の女の子だった。
私はその瞬間、受話器を握る手に力を込めた。27年間この仕事をしていると、「本当に限界の声」と「SOSの声」の違いがわかるようになる。Kさんの声は後者だった。泣いていたが、折れてはいなかった。だから私は静かに言った。「今から話を聞く。全部話してごらん」と。
共通テスト2週間前の「崩壊」
Kさんは国立大学の医学部を目指していた。高校3年間、コツコツ積み上げてきたはずの成績が、直前期の模試で急落した。自己採点をしたその夜、感情が崩れた。
「模試でE判定が出ました。去年もE判定で、今年こそ変わると思っていたのに、また同じ結果で。もう試験まで2週間しかないのに、何も変わっていない気がして」
私はその言葉を聞きながら、一つのことを考えていた。「E判定が問題なのではない。E判定を見て、自分の努力を全否定してしまっていることが問題だ」と。
Kさんは1時間以上、泣きながら話してくれた。私はほとんど何も言わなかった。ただ「うん」「そうか」「それで?」と相槌を打ち続けた。受験生が本当に必要としているのは、アドバイスではなく「全部吐き出せる場所」だ、と私は経験から知っている。
電話の終わりに私は言った。「明日の朝、スカイに来なさい。一緒に作戦を立てよう」
翌朝、私が最初に確認した「たった一つのこと」
翌朝、目が腫れたままKさんが現れた。私はコーヒーを一杯出して、最初にこう聞いた。
「Kさん、今まで勉強してきた時間は何時間だと思う?」
彼女はきょとんとした顔をした。「え……数えたことないです」
「じゃあ、ざっくり計算してみよう。1日8時間として、今年の4月から今日まで何日?」
計算すると、Kさんはこの一年で2000時間以上を受験勉強に費やしていた。その事実を目の前に突きつけると、彼女の表情が少し変わった。
「その2000時間は、消えない。模試の結果がどうであれ、Kさんの頭の中に確実に積み上がっている。昨日の模試はその蓄積を測り損ねただけだ」
私はこう考える。模試の点数は「現在地の近似値」に過ぎない。人間の実力というのは、数字よりも遅れて結果に現れる。特に直前期の急落は、疲労と緊張による「一時的な出力低下」であることが圧倒的に多い。27年間で見てきた現場だからこそ断言できます。本番で「別人のように」力を発揮する生徒を、私は何十人も見てきた。
私がKさんに提案した「3週間の作戦」
私はKさんに、残り3週間の計画を一緒に組み直した。ポイントは「新しいことをやらない」ことだった。
直前期に陥りがちな罠がある。焦って新しい参考書を買い、新しい問題集に手を出し、結果として何一つ定着しないまま本番を迎えるというパターンだ。Kさんも例外ではなく、机の上には未開封の問題集が3冊積まれていた。
「これは全部、今日捨てなさい」
Kさんは驚いた顔をした。「でも、やっておいた方が……」
「やらない。今からKさんがやることは、今まで解いてきた問題の中で間違えたものだけを、もう一度解き直すことだ。それだけでいい」
受験の直前期というのは、「攻める時間」ではなく「固める時間」だ。新しい知識を入れようとするより、すでに頭に入っている知識を確実に取り出せるようにする方が、本番の得点は上がる。これは私が何千人もの受験生を見てきて、骨の髄まで確信していることだ。
「折れた」のではありません。「限界まで積んだ」だけです
ここで一つ、本質的なことを言わせてほしい。
「もう無理」と泣く受験生を見て、多くの大人は「メンタルが弱い」と思う。私はそうは思わない。「もう無理」と泣ける子は、それだけ全力で走ってきた子だ。ガス欠になるまで走り続けた証拠だ。
本当に怖いのは、泣けない子だ。感情が麻痺して、「まあいいか」と諦めてしまった子だ。Kさんは泣いていた。つまり、まだ諦めていなかった。
折れているのではありません。限界まで積み上げた重さに、一時的に膝をついているだけです。
私はKさんにそう伝えた。彼女はしばらく黙って、それからぽつりと言った。「じゃあ、もう少しだけやってみます」。その「もう少しだけ」が、すべてだった。
3週間後、Kさんから届いたLINE
共通テストの翌日、Kさんからメッセージが届いた。
「校長先生、自己採点しました。去年より80点上がりました。第一志望、出願します」
私はそのメッセージを読んで、思わず笑った。そして少しだけ、目が熱くなった。この感覚は、27年経っても慣れない。慣れたくない、とも思っている。
その後、Kさんは二次試験も突破し、第一志望の国立大学医学部に合格した。合格発表の日、彼女は母親と二人でスカイに来てくれた。お母さんは泣いていた。Kさんは笑っていた。私は二人の顔を交互に見ながら、「この仕事を続けてきてよかった」と、毎回思う瞬間を、またもう一度味わった。
「もう無理」は終わりのサインではない
今、この記事を読んでいる受験生、あるいはお子さんの様子を心配している保護者の方に伝えたい。
「もう無理」という言葉は、終わりのサインではない。全力で戦ってきた人間だけが発せる言葉だ。その言葉が出てきたとき、必要なのは叱咤でも励ましでもなく、「全部聞いてくれる人間」と「現実的な次の一手」だ。
私はKさんの話を通じて、改めてそのことを確信した。受験は知識の戦いである前に、感情の戦いだ。自分の感情と正面から向き合い、それでも前に進める子が最後に笑う。その「前に進む一歩」を、私たちは一緒に考えることができる。
スカイ予備校では、成績だけでなく、受験生一人ひとりの「今の状態」から向き合う指導を続けています。もし今、行き詰まりを感じているなら、一度話しに来てください。答えは、話しながら一緒に見つけていきましょう。
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